IMFは新たな世界経済見通しで米高関税の影響はこれまでのところ限定的だとの見解を示した(米ワシントンのIMF本部のロゴ)

 

 

見かけの“低温安定”に酔ってはならない。世界成長率はIMFが2025年を3.2%、2026年を3.1%とし、先進国は約1.5%、新興国は4%強という“そこそこ”の数字を示したが、これは通商の往復運動、債務の山、高金利の居座り、地政学と物流の摩擦、そしてAI投資の期待と現実の時差という五つの割れ目の上に置かれた仮初の安定にすぎないからだ。

 

第一に、インフレだ。見出しは鈍化しても、先進国のコアは下げ渋る。OECDはG20でヘッドラインが2025年3.4%→2026年2.9%へ低下する一方、先進国のコアは2.6%→2.5%と“ほぼ横ばい”を見込む。

 

市場が性急に利下げを織り込めば、期待の再加熱とボラティリティ再拡大を招く。ゆえに金融政策は独立性と対話の一貫性を死守し、インフレの“質”(賃金・生産性・マージン分解)で判断を下すべきだ。

 

第二に、債務である。IIFによれば世界の総債務は2025年Q2に337.7兆ドルの過去最高圏に達し、IMF『財政モニター』は世界の政府債務が2029年に名目GDP比100%に到達する軌道を警告する。

 

高金利×高債務は利払い自然増を通じて基礎的収支の改善努力を食い尽くし、わずかな成長下振れや金利ショックが、財政と金融を同時にきしませる。だからこそ歳出は“量”より“質”へ、人的資本・研究開発・GX/DXに重点配分し、(名目成長率-金利)と一次収支の組合せで持続可能性を管理する以外に道はない。

 

第三に、通商秩序のねじれだ。IMFは年央からの“やや穏当な関税環境”とAI関連投資を背景に見通しを上方修正したが、関税再エスカレーションが長期化すれば成長率を年率でおよそ1ポイント下押しし得る。

 

WTOも2025年の世界貿易量を2.4%増とするが、前倒し輸入や特定品目の寄与が大きく、持続力は未確定だ。各国は関税の往復運動に翻弄されるより、データ移転・AI・GX製品の国際標準づくりで“レントの源泉”を確保し、サプライチェーンはコスト最小化から“冗長性=保険”へ設計思想を転換せねばならない。

 

第四に、物流ショックの残響である。紅海有事と渇水は2024年初のスエズ通過量を前年比▲50%、パナマ▲32%にまで落とし、航路付替え・在庫積み増し・保険料上昇が世界のコスト構造を底上げした。

 

2025年の現在も、航路の再設計と在庫の見直しは続き、気候リスクと地政学が結び付いた“慢性の摩擦”として残存する。

 

第五に、金融安定性の影だ。金利ショックの残り火は商業用不動産(CRE)に最も濃く、REITやオープンエンド不動産ファンドなどノンバンクでは流動性ミスマッチ、高レバレッジ、評価の不透明性が重なり、解約の“ラン”やファイアセールが生じやすい。FSBはデータ・ギャップの解消とモニタリングの高度化を勧告し、IMFのGFSRもNBFIの増大と資産価格の伸び過ぎが“無秩序な調整”を招きうると警鐘を鳴らす。

 

ここは規制強化だけでなく、バックストップの設計と高頻度データの可視化で“伝播経路”を短くすることが肝要だ。

 

日本への含意は明確である。第一に、物価・賃金・金利の三位一体運営。日本のコアCPIは2025年8月に前年比+2.7%と目標上方を維持、日銀の政策金利は0.5%で据え置きが続く。

 

為替ボラと賃上げ定着の点検を前提に、機械的な利上げ・利下げを避け、期待の暴れを抑える対話を優先すること。

 

第二に、財政の再編。利払い自然増を所与として、潜在成長率を押し上げる支出へ大胆に入れ替える。IMFが示す“2029年に世界の政府債務100%”の射程は、日本にとっても“いかに成長と金利の差を稼ぐか”という設計問題である。

 

第三に、サプライチェーンの保険化。在庫方針・複線ルート・可視化(トラッキング)を標準ガバナンスに織り込み、港湾・電力・データセンターのボトルネックを同時に解く“ミクロのマクロ政策”を積み上げたい。

 

第四に、金融安定の前傾。年金・保険と不動産ファンドの横断データを週次・月次で整備し、担保ヘアカットや解約フローの閾値を事前にルール化、マーケット型バックストップの発動条件を明文化する。

 

第五に、規格外交の先取り。WTOが見込む“2.4%の鈍い回復”の世界では、関税で稼ぐ余地は狭い。ゆえにAI・データ移転・GX製品の標準を先取りし、サービスと知的財産のネットワークで生産性を稼ぐのが王道である。

 

結論を一文で言う。私たちが直視すべきリスクとは“ショックの確率”ではなく“伝播の構造”であり、インフレの質を見抜く統計と独立した政策、債務の“質”を高める歳出設計、物流とエネルギーの冗長化、ノンバンクの透明化、そして通商・技術標準の先取りという五つの手当てを同じ地図(データ)と同じコンパス(一貫性)で実行できるかどうかに尽きる——それが次の揺り戻しを“管理可能なリスク”へ変える唯一の方法だ。