今回は不育症やPGT-Aの話から離れ、趣味の話をしてみたいと思います。

 

私は音楽が好きで、中学生の頃からフルートを、大学入学後にアルトサックスを始め現在も暇を見つけては吹いています。まずはフルートの話です。

 

最初に買ったフルートはプリマ製の洋銀製入門器で、当時の値段で2万円程度、YAMAHAの入門器と同じクラスでしたから現在では8万円クラスに相当する楽器でした。近所のヤマハ音楽教室に通い、先生はアルバイトの音大生でした。自分で言うのも変ですが、その先生の指導のお陰もありメキメキと上達し入門器では物足りなくなってゆきました。親におねだりして高校2年生の時にムラマツの総銀製「スタンダード・モデル」を買って貰いました。今でも覚えていますが、値段は11万5千円でした。現在のムラマツ総銀製フルートはGXで462,000円、最も高価なSRは1,100,000円ですから、高校生の持ち物としては超贅沢品で、音大生または音大受験生クラスにしてはじめて持ち得る代物だったと思います。銀色に輝くフルートは見ているだけでため息が出るほど美しいものです。うれしくてうれしくて毎日欠かさず練習しました。音大にも憧れましたが、さすがにあの実力では無理だと悟り、医学部受験に絞りました。

 

晴れて入学した日本医科大学には、ミッドナイトサウンズ・ジャズ・オーケストラという学生バンドでは名の通ったビッグバンドがありますが、残念ながらビッグバンドではフルートが活躍できる場は少ないのです。しかし、他に選択枝がないのでアルトサックスと掛け持ちでフルートが吹けるミッドナイトSJOに入部しました。ミッドナイトでは予想通りフルートの出番は少なく、アルトサックスばかりを練習する毎日が続きました。

 

ある日久々にフルートケースを開けると、そこには真っ黒に変色したフルートが横たわっていました。銀はさびないのですが、空気中に微量に含まれる硫化水素や亜硫酸ガスなどの微量毒素によって、銀表面に硫化膜ができてしまうために黒く変色してしまいます。買ったばかりの頃のあの美しさを知っているだけに、その変貌振りには愕然とするものがありました。次第にフルートを手に取る機会がさらに減ってゆき、練習しない→下手になる→さらに練習しない、の悪循環に陥って行きました。

 

5年生(医学部は6年生まである)になり、私はミッドナイトSJOのコンサートマスター(コンマス)に選ばれました。その年のレパートリー選曲はコンマスの専権事項です。そこで、自分を鼓舞するつもりでフルートソロが活躍する「孤軍」を選曲しました。「孤軍」は当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった「秋吉敏子とルー・タバキンビッグバンド」の代表的なナンバーで、日本の雅楽を取り入れた意欲作でした。さすがにこの時はフルートの練習に勤しみました。この曲をひっさげて「山野ビッグバンドジャズコンテスト」に乗り込みました。「山野ビッグバンドジャズコンテスト」は学生バンドの甲子園といわれる由緒あるコンテストです。1979年8月19日、20日に中野サンプラザホールで開かれた「第10回大会」において、ミッドナイトSJOはTBSラジオ賞を獲得、そして何と私が最優秀ソリスト賞を獲得したのです。私ごときが賞を取ったとなるとこの賞の価値が下がるかも知れませんが、過去のソリスト賞受賞者の中には伊藤たけし、都並清史、本田雅人などの名前があり、実は凄い賞だということが分かります。

 

さて、大学を卒業し医師になってからは楽器を手にする機会がめっきりと減り、時々オーバーホールに出していたものの、何ヶ月もケースを開かない日々が続きました。たまにケースを開けても、黒々としたフルートを見るに付け練習の意欲は湧いてきませんでした。冷やかしで楽器店に入ると、美しい金や銀のフルートが並んでいます。ストレスの多い日々でしたが、そんな生活に潤いを与えてくれるのは新しい楽器ではないかと思うようになりました。ある日、山野楽器に入り総銀製のフルートを試奏させて貰いました。あまり練習していないのに、ムラマツのSRはびっくりするほどの音を出してくれました。次の週にはプラチナメッキを施したPTPを吹かせて貰いました。えも言われぬ抵抗感、いつもの息量で出る倍の音量が出るのに驚きました。以来、新しい楽器が欲しいという気持ちは強くなって行きました。

 

教授になってからはますます楽器に触れなくなりましたが、そんな時に起こったのが「東日本大震災」でした。昨日まで元気に生活していた人々があっという間に命を落とすという現実を目の当たりにしました。欲しいものも買わずに人生を終えてよいのか、あの美しいフルートを手に入れなくてよいのか、と言う天の声が聞こえてきました。それから山野楽器通いが始まりました。

 

値段は高いがムラマツのPTPを吹いたときの感触が忘れられず、何としてもPTPが欲しいという気持ちが募って行きました。ある日、フルートの巨匠であるオーレル・ニコレが体力が落ちても吹ける楽器として9Kゴールドモデルを使っていると言う情報を耳にし、早速山野楽器にある9Kを試奏させて貰いました。価格はPTPの1.5倍で確かに楽に音は出ますがあまりピンと来なかったので、ちなみに、といいつつその横にある14Kゴールドを吹かせて貰いました。ものを買うとき、このように下から上へグレードを上げていくのは御法度とされています。いわゆる「・・・沼」というヤツです。そうと知りながらつい手を出したのが運の尽き、PTPの感動を上回る衝撃が襲いました。何という抵抗感、さすがは金の量1.5倍。同じゴールドでも全くの別物でした。それ以来14Kが頭から離れなくなってしまいました。

 

そして、「・・・沼」は一度はまったら最後、もう抜け出せなくなります。隣のショーケースに目を遣ると、”NAGAHARA FLUTE"が置いてあるではありませんか!”NAGAHARA"は、フルート界の巨匠サー・ジェイムズ・ゴールウェイ氏が愛用していることでも有名で、最近とみに注目されているボストンのメーカーです。「沼」にはまった私はついにNAGAHARAに手を出してしまったのです。NAGAHARAの14Kを吹くや、異次元の体験をさせられることになりました。どんなに強く息を吹き込んでも、それに比例してレスポンスしてくれます。口の中が共鳴体になり、快感が後頭部へ抜けて行きます。とうとう私の心はNAGAHARAで凝り固まって行きました。

すると「ちょっと待て!ド素人のお前に吹かれる楽器がかわいそうではないか!」と天の声が聞こえてきました。確かにNAGAHARAの14Kはプロでも一目置く名器。分不相応とはまさにこのこととは分かっていても、NAGAHARAが必要であることのありとあらゆる理由を探し始めました。東京に住んでいると自家用車を運転する必要がなく、長い間放置して何度となくバッテリーが上がってしまい、数年前に車を手放していました。ローン、保険料、車検代、ガソリン代、その他維持費が浮くのでその分をフルートに回せるという計算が成立しました。

 

以上のような資料を携え、ダメ元で家内にNAGAHARA購入計画のことを話しました。頭ごなしに却下されると思いきや、何と山野楽器に付き添って実際に楽器と音を聞いてくれると言ってくれたのです。

 

家内と二人で山野楽器に出向いたのは震災の翌年の春でした。山野楽器のフルート売り場にはNAGAHARA14K2本と、入荷したばかりのサー・ジェームズ・ゴールウェイモデル20Kが置いてありました。何度も通った上に昔山野ビッグバンドコンテストで賞を取った話なので親しくなった店長が、少々ニヤついた顔で出迎えてくれました。20Kには目もくれず2本の14Kを吹き比べていました。同じ14Kでもハンドメイドのフルートはかなりの違いがありました。心の中ではこちらがよいと決めていましたが、聞いている家内には全く違いは分からないと言われてしまいました。しかし次の瞬間、家内の方から「20Kも吹いてみたら?」と挑発的な態度で出てきました。「沼」の説明をしようとすると、家内の方から「買わないわよ。」と釘をさされ、店長も「阿漕な商売をしていると思われるのはいやなのですが、かなりよい楽器ですので隠しておく理由もないかと、、、」とまで言われては吹かないわけには行きません。「その手には乗らないよ」と言いながら、ついに禁断の20Kに手を出したのでした。吹いてみると確かにビンビン鳴り心地よい吹奏感があります。9Kと14Kの差である5Kが大きな違いだったので14kと20Kの6K差に期待したのですが、そこまでの違いは感じられませんでした。ところが、ブラインドで聞いていた家内は明らかに20Kの方がよいと言います。店長も14Kと20Kの差はコンサートホールで顕著になると、専門家として(自身もフルートを演奏するらしい)もっともらしいことを言います。2人の意見を聞いた後もう一度吹き比べると、確かに違いが感じられるようになりました。さらに吹き込んで行くといよいよその差は明らかになって行きました。

 

予算は何と当初の4倍になっていましたので、頭を冷やすためその日の購入は見送り後日出直すことにしました。時は民主党政権、空前の円高で1ドル80円ほどでした。また、消費税は5%の時代でした。しかし、金相場が急騰し始めた頃で、2010年には3477円/グラムだったものが、2012年には4321円/グラムになっていました。NAGAHARAは米国のメーカーですから輸入品です。今後、円安、金相場のさらなる上昇、消費税値上げなど、このフルートが値下がりする要素は皆無でした。諸事情勘案の結果、家内の「後悔したくなければ20Kにしたら?」の一言で決心しました。家内の太っ腹ぶり(腹囲ではありません)には驚きました。後で聞くと「円安や消費税の動向を読んだ」と豪語していましたが、真偽の程は明らかではありません。

その数日後、念願叶ってNAGAHARAサー・ジェームズ・ゴールウェイモデル20Kを購入しました。

 

実は、このブログを書こうと思った理由が最近の急激な円安です。また、世の中が不安定化すると金相場が上昇するそうで、最新の金相場は7464円/グラムとなっています。単純に計算するとNAGAHARAフルートの原材料費だけで2.59倍になっています。消費税も倍になりました。そこで、実際の価格表を見ると、当時の購入価格(税込み)の1.64倍になっていました。今の値段では到底手が届かず、金相場を考えると今後さらに値上がりするでしょう。あの時買っておいて本当によかったと思います。背中を押してくれた家内に感謝です。

 

いつの間にかお金の話になってしまいましたが、フルートは見ているだけで心が安まります。先ほど銀のフルートが美しいと書きましたが、金はさらに美しい。金のフルートは重く息の量も必要なので、この年になると長時間の練習は出来ません。しかし、フルートは置いて眺めているだけで楽しいものです。吹いて楽しみ、見て楽しむ。趣味としてこれほど楽しいものはありません。

大学勤務時代は殆ど吹く時間がありませんでした。退職して時間が出来たのにあまり練習していない自分に気づきます。私の年齢を考えるとあと何年この楽器を吹くことが出来るか?見て楽しいと言っても、さすがに全く吹かなければ宝の持ち腐れです。一時一時を大切に、フルートライフを楽しもうと思います。

 

次はアルトサックスについて書こうと思います。