こんばんは。またはこんにちは。もしくはおはようございます。






はい、2日続けて観てまいりました。




こちらは前回のブログ。



 


これ貼ってたかしら。貼ってなかったかも。貼っておく。はい。




さてさて公開日の金曜日と翌土曜日はちょっと仕事が忙しく。以前なら無理してでも仕事が終わってから劇場に向かっていたんですが最近の私はご自愛モードです(年とったとも言う)。体を休めることを優先し日曜の夜に初見を、そして本日昼間に娘を伴い2回目を味わってまいりました。



毎回前置きが長いのでとっとと感想に入ります。映画のストーリーの時系列に沿った感想。もちろんネタバレしています。褒めたり批判したりです。ご了承いただけた方のみ以下にお進みくださいね。ちなみに原作未読です。




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冒頭のウユニ。分かってはいるけれどやはり絶景。ここでグッと観客は惹き付けられてしまいますよね。この光景を劇場の大スクリーンで観るというのは写真で見るのとはやはり全く違う体験。嗚呼本物たるや如何に。



謎かけのような「愛を終わらせない方法」は、過去のソファーいちゃこらシーン(言い方)でも弥生は言ってるのよ。でもこの洗面所での藤代は、まるで初めて聞いたかのように「何それ、なぞなぞ?」と返す。



これ、ああ残酷だなと思った。愛の終わり・喜びの終わりを極度に恐れる弥生が自ら導き出したあまりにも切なく悲しいこの方法を、藤代はピロートークの何気ない談話として聞き流し、完全に忘れているんだから。



朝。弥生が部屋にいることを疑いもせず、卵を持ったままノックして中に入る演出とても良かった。こういうのは監督の指示なのか役者のアイデアなのか。知りたい。



レストランで待ちぼうけくらってしまう佐藤健、なかなかレア。



さて全力で苦言を呈したいのは仲野太賀演じるタスクとのシーンです。長くなりそうだけどすみません。あの………ゲイの方の表象としてあまりにステレオタイプすぎませんかね。



色んな作品において、またはバラエティにおいてもそうですが、ゲイの方とかオネェキャラと言われる方を、何かしらこちらを励まし成長に導くいいいこと言ってくれるパーソンとして扱いすぎでは?と思いました。



『便利にお悩み相談できて、でもちょっとこちら(男性)に対する色気も危うさも見せてくる喰えないキャラクター』としての扱い方、なぜそうなる?そういうカテゴライズに飽き飽きどころか怒りを覚えておられる当事者の方々を存じているので、2024のこの期に及んでまだそれやるか…とぐったり。



ヘテロセクシャル(異性愛者)なら色んな表象が成され色んなキャラクターがいて色んな性格、色んな人物が散々描かれるのに、ことゲイとなるとほぼほぼああいうキャラクターしか出てこない、のはやはりおかしい。人間なんだから色んな人がいます。ここは本当に残念だった。



話を戻す。藤代としては隠し事をしないつもりで見せたのだろう元カノ・春からの手紙、弥生は笑顔で余裕みたいに見えたけど本当はかなり動揺していたんじゃないだろうか…と、後になって思った。春のモノローグは淡々としてるけど(森さんの声が素晴らしい)文章の中身はなかなかの濃さ、重さ。



桜咲き乱れる中、学生時代の春の可憐さが異常。藤代、絶対ひとめぼれだろ。



ポートレート以外なら撮れる、人の顔を正面から見るのが苦手、あまり深く入りたくない。そんなんでよう精神科医になったなと思うけどそれくらいの方が患者に心引っ張られなくていいのか?でも逆にそんな繊細さがあるからこその精神科医かな…。





そうそうこのショット、ペケッターで見た時「素かな?役柄かな?」と思ってたけど役柄だった(笑)。



朝日を撮りに行くシーン。春に「(ペンタックスは)安定の寝坊」て言ったけど本当?時間ずらして教えたんじゃね?と思ってたらすぐ答え合わせでしたね(笑)。



バイクのシーンのきらきら感がたまらなかったけれど、歩きだしてからの長回しには…ちょっと…痺れましたね。朝日との兼ね合いもあり難しいシーンだったことと思います。ここまでの長さではないけれど他にも長回しがたびたびあって引き込まれてしまった。



春が父子家庭であることが分かるんですが、「私がお母さんの代わりになるぞ」の台詞にゾワッとしまして…まぁ後の竹野内さんとのシーンで回収されちまうわけですが。あのね、守られるべき・支えられるべき子どもがね、大人側に回らなければならないのは駄目ですよ。子ども本人がではなく、周りの大人が。



「初恋で添い遂げるなんて無いですよね」とかここで言うんだ。言っちゃうのに、頭で分かってはいるのに、でも舌の根も乾かぬうちに恋に身を投げてしまうのだ。



「こっちも緊張した」「言おうと思って準備してた」の上擦った声。強張った表情。佐藤健という三十路の恋愛マスター(←多分ちがう)の面影ゼロ。恋に不馴れな、不器用な学生藤代俊。なのにいきなり呼び捨てにはする。おいおい。うん、青い。



「あのころの凄烈な思いに 私は今も 圧倒されている気がします」この台詞すごいよね。恋の強さって多かれ少なかれ瞬間的なもので、だからこそ決定的に輝くし良くも悪くも人を打ちのめす。瞬間的だから、それほどのパワーだと私は思ってて。それが10年経っても本人を圧倒する。すごいね。



排水溝、ちゃんと流れるようになったけど肝心の大切な人との関係はね…という対比。



ともさかりえ素晴らしいよね。直近で彼女を観たのは『SUNNY 強い気持ち・強い愛』(2018)なんですが、恥ずかしながら金田一少年の事件簿から止まってまして私のともさかりえ。こんな素晴らしい俳優さんになられたのかと度肝抜かれた思い出。今作も文句無し。



話はしてる?食事は一緒?夜は?と問われるこの時の藤代が凄絶な美しさ。隈のある目元、紫っぽい唇、暗い顔のライティング。抜ちゃんみがある。



動物園の飼育員役の橋本じゅんさん、弥生の妹を演じた河合優実さん(気づかなかったんですが『First Love初恋』で町田先輩と一緒にレストラン相席した子かー!)、出番は少ないけど最高に良かった。安心信頼で脇を固めてくださいました。



7年恋愛できてないという藤代に「それも結構……ですね」と苦笑いする弥生。うん、あのね、何だろな、『それでも人は恋をする』というキャッチコピーの段階でモヤモヤしてました。ずっと(もしくは全く)恋愛してないのはおかしい、みたいな価値観そろそろ古すぎるにも程がない…?



他人に恋愛的感情を持たないこと、持たない人であるアロマンティックをテーマにしたNHKドラマもあったのにな…総人類みんな恋愛するわけじゃないですよ。頼むよ。



ただ、価値観が古いとか言うとアロマンティックが急に近年湧いて出たみたいに聞こえるけど違いますからね。昔からいたけどそれを表す言葉が無かったの。男女は恋愛すべき結婚すべきだという社会の圧の中で、それを当たり前とする空気の中でそれでもずっと存在していたの。



話を戻す。竹野内さんヤバい。目線も笑みも何もかもが気持ち悪い。このシーンだけやたらざらざらとした手触り。たったひとりで恋愛映画をガチホラーに変えてまう。見事。怖い。これが彼女の父親って、まだ20歳前後の学生には辛すぎるでしょ…。



結局旅行には行けなくて電車で別れて。からのエスカレーターの涙ですね。予告で一部流れて大変楽しみにしていたシーンでした。



最初観た時はどうしてもその大きな瞳に目を奪われたんですが、今日は震える顎や喉を見てた。口元を歪ませることなく、強くそれをこらえてどうにか涙を止めようとする。が、果たせずついにうずくまり嗚咽。この流れよ。



『100万回言えばよかった』の直木が母親の言葉に傷つき悠依の言葉に涙をこらえ得なかった、あの不恰好な泣きのシーンを思い出した。あれもあり得ないくらい素晴らしかった。100万通りの涙を流す男、佐藤健。そして「エスカレーターの上で座り込むなよ邪魔だよ」と思ってしまった人の情けの分からない女、私(ひどい)。




アイスランド・ブラックサンドビーチ。ここの劇伴はパイプオルガンですか?異界への入り口のような風景に壮絶に合っていた。墨のような漆黒の砂と、そこに打ち寄せるレースのような波の白。真上からのあのショットは、それだけ2時間観ていたいくらい。そして春のモノローグ…(噛み締める)。



藤代に「気ままでいいな」と言い放たれ、それをそのまま「『気まま』」と繰り返すタスク。この返す言い方が大変良かった。そうだよそうだよ言ってやれよ、藤代はタスクに甘えて頼って消費して、そしてやっぱり下に見てる。



藤代、帰宅して電球が切れてるの辛い。時計のチクタクが孤独な部屋にやけに響く。地味だけどさみしさが募る大切な場面。



楽しく話しているそばから、「いつかこの気持ちが無くなったらどうしよう」と涙してしまう弥生の底知れない恐怖と不安、絶望と焦燥。私ここで弥生に心さらわれました。この人の持つ、形の無い大きな大きな重責を思うとたまらない気持ちになる。



からの まぐわいです。←言い方。



「キスする?!キスする?!して!して!して!して!したーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(太鼓打ち鳴らす)、な脳内でした私。


動物園。一旦は別れを選び、でも花盛りの桜を目にしよみがえったであろう学生の日の苦い恋。もう二度とその手を離すまいとひた走る藤代。呼ばれ立ち止まり、泣き笑う弥生。そして「職場で抱き合うなよ、明日から働きにくいぞ」と思ってしまった人の情けの分からない女、私(ひどい)。



ソファーいちゃこらシーン。諸肌脱いだ藤代とその腕の中の弥生に、るろうに剣心最終章The Beginningの抜巴を彷彿としてしまった私をお許しください。



この時にねー、言ってたじゃんね弥生。愛を終わらせない方法の話。これさ、笑いながら言ってるけどさ、この人はずっとずっとこうやって、失わないために得ない生き方をしてきたんだよ。それを察せない藤代俊、医学部からやり直し。



動物園の至るところに置かれたキリンやカバたちの説明書きは弥生の仕事だったんだね。後に藤代はそれを辿りメモにしながら自分に刻んでいく。目の前にいない弥生の思いを辿り、刻みつけていくように。



「ひとりでいることの孤独ならまだ耐えられた」てつらいね。グラスを割ってしまったあの時、弥生は藤代に怒ってほしかったのかなとふとそう思った。二人の最初のお揃いの品。大切な思い出の品を、もちろん優しさからだろうけれど何の嘆きもなく淡々と紙袋に捨てられたのは、まるで自分を丸めて捨てられるような気持ちだったのかなと。



いや、いるんです知人に。聡明で賢くて底なしに優しいのに、人の愛し方が分からない不器用すぎる人が。優しさから周りを気遣い接するけれど、だけどそれは愛ではない。周りにとってはそれは、耐え難く孤独な気持ちにさせられてしまう。



自分の診察室で弥生のことを改めて文章にしていく藤代。陽が睫毛に射す様が美しいですね。



からの春の死です。あのね…ここも苦言を呈するんですがね…そりゃこの設定が無きゃそもそも話が成り立たないんですが、いい加減『冷蔵庫の女』(男性キャラの成長のために彼女・妻・母親など親しい女性キャラが殺される展開)やめてくれん????(原作るろ剣にもあったな。一人は実際は生きてましたけど)



これね、例えば女性キャラの成長のために親しい男性キャラが殺されるパターンが同じくらいの割合で存在するかと言えばノーなんですよ。女性だけが、男性を奮起させたり反省させたり立ち直らせたりするために命を左右されがちなの。そのパターンそろそろ古すぎる。これ何度目だ?



しかしペンタックス…ペンタックス好き…ペンタックス優しい…「大丈夫?おぼえてる?ほんと?」の言い方!!!!今作で中島歩さん、認識しました。素敵。声がたまらん。


けど『ペンタックス』てさ、絶対そのうち『ペンタ』とか『ペン』とかになりそうじゃん。長いのよ、あだ名としては。呼びにくいのよ話し言葉として。なのにちゃんと『ペンタックス』と呼ぶ藤代…律儀だな…そこは敬意なのかなPENTAXへの…。



暗室での藤代。ひとつひとつの作業するその姿がどこか神々しくさえあって。まるで愛するかのような所作だった。光に照らされて、それ自体が神聖な儀式のような。



で、弥生の写真登場よ。いやー…そりゃハァァァァァァァァ?てなるよね。この時の藤代の驚愕した顔、価千金。


ジョギングする長澤まさみ、エルピスみがすごい。



あのですね…春の手紙が素晴らしすぎてですね(モノローグが素晴らしいからもある)…パンフに全文掲載されてることを願ってたんですけどね…原作にはちゃんとあるのよね?原作読もうかな。愛を失うことを恐れ、愛を遠ざけ、でもだからこそ愛に飢え渇いている弥生がそれに激しく共鳴したの、私はすごくすごく分かるんです。



春の居場所よく分かったなと思ったけど、名前検索すればヒットしちゃいますよね。ある意味怖い世の中だ。



元カノに会いに行く現カノって文字で見ると激ヤバだし(逆もヤバい)ちょっと恐ろしい事態なんですが、私はこのホスピスでの春と弥生のターン、藤代と二人それぞれのターンよりよほどよほどしっくり来たんです。



てかもう藤代なんか(なんか!?)脇役じゃねーか!藤代は名脇役でいいよ、女たち二人の魂の物語をくれ!!!!春と弥生ダブル主演でそれぞれの視点で進んでいく、そして最後は交わるそのパターンを私は!!!!観たい!!!!



ペンタ(略してる)の「何か信じられなくない?10年だよ、あれから」の台詞回しがさ…驚くべきことに本っ当に10年の重みがあるの凄ない…?中島歩、恐るべし。



砂浜でつんのめるように走る藤代(砂に足を取られるから走るのは至難のわざ)。焦ったりジタバタしたり、そういうダサい姿でいいんだよ。良かったね、やっと会えたね二人。と思いつつ「砂にまみれればまみれるほど美しいな」と冷静に観察していた人の情けの分からない以下略



家帰ったら映画でも観ようか、に何故?と思ったけどそうか、かつて弥生ひとり自分の部屋で観ていたあの映画か。そして次々と動物豆知識を披露(笑)。会えない間、弥生の愛した動物を追うことで埋めた日々。



絶望的に不器用な二人。これからうまくいくかは分からない。でも愛がもし終わろうとしても、変わっていく互いの思いに寄り添っていけるなら。きっと形を変えながら愛は続いていくんだろう。そんな風に思わされてのエンドロールでした。





色々思うところはありつつも、演者の皆さんには敬服しかない。本当に本当にお疲れさまです。とりわけ各国を巡られた森七菜さん、本当にお疲れさまでした。あと大変に長くなった感想をお読みいただいたあなた様にも。




お疲れさまでした。また後日。