こんばんは。またはこんにちは。もしくはおはようございます。今日は感想とひとりごと。


酷暑から一転、こちらは朝晩肌寒ささえ感じる気候。各地大雨の被害が出ています。どうかどうか皆さんお住まいの地域が守られますように。気候変動は喫緊の問題なのにそれさえ霞む世界の紛争が憎い。




数年ぶりに見返す『Q10』感想記事。今までのものは以下↓





こちらは前回の記事。『Q10』の演技も印象深い池松壮亮主演の必見映画、公開中です。ぼちぼち公開が終わる劇場もあるのでお早めに。みんな観よ〜!観た感想いただけたら嬉しい。↓

前置き無しにさっさと行くぞ!4話感想、ネタバレしつつ進みます。
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「幾時代かがありまして 茶色い戦争ありました」

前触れなく差し挟まれる中原中也の詩。これ今まで何気なく読んでいたけれど、確かに戦争とは茶色いものかもしれない。



色とりどりの建物や人の営みを戦車や戦闘機が跡形もなく瓦礫にしてしまう様を見れば、そこに赤い血が流れていようとも俯瞰で見ればそれはだだっ広い、ひどく茶色の光景。ガザの写真を見るとつくづく、苦しいほどにそう思う。



で、そんな茶色い戦争?になぜか呑まれる夢の中。進路や将来の不安への暗示として、しかしこういう描写をコミカルな文脈で描けるのは平和国家だからだよね…ああこれは16年前のドラマなのか…と思う昨今。



てか落語調でおしゃべりしちゃうQ10って誰が考えたの?キュートさの天元突破で倒れる。脚本家天才。←天才です。木皿泉と言います。



本当この落語Q10がめっっっっちゃくちゃ可愛いの何の…恐ろしい…私はリアタイしてないんですが、当時もし自分が子どもだったら絶対あの口調マネしてた。学校で流行らせたい。クセになる良さがありますね、前田さん素晴らしい。



そしてそりゃこんな可愛いQ10を泣かせるために悪口なんて言えん。言えんわそりゃ。私でも無理だわ。



獣になりたい男子高校生、木皿泉が描くと微笑ましいんだよなードロドロ感が無くて良き。リアルさとファンタジーとが等分の配合で混じり合いながら存在するのが木皿脚本である。



しかし平太の台詞「この世の中のさ、ほとんどは、どーでもいいことと、どーにもならないことで出来てるんだよ」なんですが、いやまぁ何という賢しらなことを…(笑)こんな冷笑系は嫌われるぞと思ってたらここで泣き出すQ10。この泣くポイントが素晴らしいし泣き方がいいんだわ。



てかこの台詞をどこかわざとらしくテキトーな物言いで演じたたける氏の演技プランは正解ですよね。心臓に爆弾を抱えて生きてきた平太の台詞としてこれを重々しく切なげに言うこともできたけど、そうじゃなく。



これを平太がリアリティをもって口にするのならQ10は泣かずに彼の孤独に寄り添うもんね。あくまで、半ば本気で進路決定をめんどくさがるシチュエーションだからこそQ10は泣いたんだ。大切な平太の大切な人生を本人が真面目に考えないから。



今回見返してて平太パパの素晴らしさに胸の詰まること詰まること。何があったのやら食器を割りまくりのママを責めるでなく怒るでなく「ケガが無くてよかった」と欠片を拾う姿。パパとママの馴れ初めも知りたかったなぁ。



涙を流すロボットが作りたいと宣う中尾。この迸る情熱の炎、おそらく将来Q10を作るのは彼ですね。確信する。



民子と久保の会話。闘病生活の中、健康な友人たちの姿に「どーせ本当のことなんか分かってもらえないよな」と。ここでも「どーせ」が出る。ここでの池松壮亮、本当に良いですね。孤独な台詞のひとつひとつの重みが石礫のように観てるこちらの頭上から落ちてくる。観ていて辛かった。



病院で必死に働く人々の描写。それを見て「どーせ、とか言える?」と民子。木皿泉は大人が大人として、熱く、がむしゃらに生きる姿を描いてくれるなぁ。



今作は高校生の平太が主人公だけど、パパやママや先生たちや病院のスタッフに至るまで、色んな大人が同じ人間として子どもたちと共に在る。こうありたいと思わされます。




そして「宇宙の4%」。




当時たける氏が脚本を読んで衝撃を受けたシーンですね。少し前にNHKの番組でたまたま観たんですが、今の研究では暗黒物質・暗黒エネルギーは84%。私たちが物質と呼んでいるのはドラマ放映時の4%から16%に上がったらしい。(うろ覚えなので不正確だったらすみません)



何にせよしかし全体から見れば小さな数字で。私たちの世界の全てが、全てがそのわずかの中にしかないのだということ。永遠は無く、いつか全ては失われる。何千億年先ではなくてもいずれ自分の死と共に、私たち宇宙の4%は自分にとっては永遠に失われる。だからこそ。



「だから、大切なものは、心から大切だと思うものはーー

散り散りにならないよう、しっかりと抱きしめてーー二度となくさないよう努力してーーいつかは、なくなるとわかっているけど、努力してーー

オレは今、宇宙の4%を抱きしめている」







さてここから先はとてつもない個人的なひとりごとです。感想ではありません。特定の人に向けていますが、届くかも分からないので本当にひとりごとです。無駄に長くなるかもしれない。なので興味の無い方はどうぞここまでで。ご覧くださりありがとうございます。また後日。


お疲れ様でした。













みそらちゃん。9月10日、お誕生日おめでとう。23歳ですね。


こう書いた時点でもう泣いています。弱い。何て弱いんだ。ごめんなさい。年のせいかもしれませんね。涙が止まらないんです。これ書いてるの職場なのに。



私があなたと初めて出会ったのは2016年11月。私がこのブログで、メッセージ大募集と称して読者さんたちとの交流を持とうと開催したDMでのやり取りのこと。


あなたは当時13歳、中学1年生。私のやり取りしている中で最年少のたけクラでした。しかしまぁ度肝抜かれました。やり取りするそのラリーの言語チョイスのセンスたるや!「センテンスセンスステキ」と私が絶賛したこと、あなたは覚えてますか?



けれどあなたとのやり取りはそんな楽しみや喜びだけでなく、たくさんの苦しい思いもまた連れてきてくれました。まだローティーンのあなたがその年齢には一切ふさわしくない、あまりに困難な中をこれまで凌いできたこと。そのただ中にあること。知るごとに私は何度あなたの元に行こうとしたことか。



まだ幼かった自分の子どもたちを自宅に置いてでも、何とか駆けつけられないかと夜行バスの時間を調べたことがありました。それほどにあなたは、私の想像できないほどの傷を身に負いながら生きていたこと、今思い出しても色んな思いが込み上げます。きっとあなたには重い感情だろうけど。



そうして交流を重ねて10年。あなたは今どうしているでしょうか。暑い暑い、記録的酷暑となったこの夏にあなたの身に起きたことを思いながら、あっけないほど急激に変わった涼やかな季節の中で今私は。



もしかしたら。もしかしたらもう、宇宙の4%の中にいないかもしれないあなたに向けて今、この文章を書いています。



確かめようもなく、確定的なことは何も知りようのない状況です。だからもしかしたら、もしかしたら万が一、延命措置はしないと言っていたあなたの気が変わって実は今たくさんの管につながれながらも必死にがんばっているかもしれないと。まだこの世界に、この4%の中に踏みとどまっていてくれていると。



寄る辺なく頼りない、蜘蛛の糸より細い、希望とも言えないほどの希望に寄りすがり。そうしてあなたに向けて書いています。




9年前、14歳のあなたに送った我が家での遠隔ハピバ画像です。覚えてますか?顔も知らない誰かのお誕生日を家族で祝うなんて我ながらなかなか笑えます。当時あなたが喜んでくれたことが、ただただ今の私の慰めです。



でも今年はケーキは買えない。泣いて泣いて、食べるなんてきっと無理。



みそらちゃん、愛しています。大好きです。あなたを思わない日は無い。どうか散り散りにならないで。4%の中にいて。



そう願いながら、でもどんな状況でも構わないからあなたが今ただ穏やかでいてくれたらと。そう願っています。



ありがとう大好きだよ。心から感謝してる。あなたに巡り合わせてくれたたける氏にも心からの心からの大感謝を。









お誕生日おめでとう。