タジオタジオで昨日は大騒ぎ。
さて本日の『半分、青い』。鈴愛と家族のぶつかり合いは、観る人の価値観や境遇、生育環境によって多分千差万別の捉え方なんだろうなと思います。
親であり、子でもある私としては、晴さんのやるせなさも、うーちゃんの電話越しの憤りも、そしてもちろん鈴愛本人の怒りや悲しみも、それぞれの言い分や思いに、そりゃもう身に覚えがありすぎて。
晴さんの身になれば、安定した農協への就職を反故にして、しかもあんな盛大なお祝いまでしてしまってて、今さら東京だ漫画家だなんて、そりゃ怒る。何ほざいてんだ、て、私でも思う。思わず(笑)。だから「ここで言ったらアカン」て誰もが分かってるコネ就職のことを、言い出さずにはいられない。
それにしても「私が呼んだんじゃない、呼んだのはお母ちゃんや」てセリフは痛烈だった。そのセリフだけ見れば鈴愛はとんだ恩知らずだけど(でもこれは本音じゃなく売り言葉に買い言葉)、親が子にかこつけて自分の自己満を満たすこと、確かにあるもん。別に子が頼んだわけでもないのにね。これは自戒も込めて。
うーちゃんの気持ちも分かる。だって理想通りにはいかないよ子育てなんて。甘やかしと言われようと、我が子を無意識に守ろう守ろうとしてしまう。良くも悪くも。
それがいつの間にか習慣になってしまってる。だから、鈴愛から「やっていいことと悪いことがある」と言われて初めてその重大性に気づく始末。その悪意無き片手落ち加減、『愛』ゆえの子の自立の阻害加減、絶妙すぎて鳥肌立った。

鈴愛の「グル」て言葉はさすがに言い過ぎかなぁとは思ったけど(言い方はすごくかわいい)、でも一人前扱いしてもらえない、という思いはものすごくプライドを傷つけられるよね。見くびられてる、て思ってしまう。例えそれが優しさからであっても。
無意識に誇りを傷つけてしまうこと、あるなあ。家族など近しい関係ならなおさら。そりゃ鈴愛も「せっかくこれだというものを見つけたのに何で?」て、涙してしまう。涙してしまうよ。
なじりたくなるし、あふれて爆発しちゃうよ。今まで大して衝突もなく、仲良くやってきた家族ならなおさら。裏切られたような気にもなる。
「おじいちゃんに免じて…」て、とりなそうとするのも、弟が世間の常識を繰り出そうとするのも、とてもとてもリアル。そしてそれを「聞きたない」「やっとられん」とつぶやいて出ていく鈴愛の表情。その後の家族ひとりひとり(特にうーちゃん)の表情。素晴らしかった。

今まで当たり前のように律に頼って、律も周りもそれを当たり前のように受け入れていたけれど、「大人がなだれこんでくる」この18歳という分岐点に立ち、もう今までとは違うんだと、否応無しに自覚させられる。
律には律の人生がある。鈴愛には鈴愛の。それに初めて気づき、笛を吹かずに佇む鈴愛の姿よ。





























