Bump of chicken | こころにうつりゆくよしなしごとを・・・

Bump of chicken

Bump of chickenいいっすね。



先日カラオケに行ったんですが、いつも通り俺関係ねぇっす的なスタンスを貫いてたんです


そしたら、


「○○さんってどんな歌歌うんですか?聞いてみた~い」


っていう迷惑なフリが襲いかかってきて。


しかたないから「残酷な天使のテーゼ」を熱唱してやりましたよ笑


その場の空気?


意外と耐えました(´∀`)


そしたら、必然的にもう一回っていう流れになって・・・


渋ってたら、さっきの女の子。


「ミスチルとか歌ってくださいよ。ラルクとか。バンプとか。やっぱりミスチルがいいですo(^▽^)o」


・・・っていう何とも回避しがたい状況が自然に作り上げられてしまって。


それでやむなく「天体観測」歌いました。


高校の頃から変わらない一曲ですわ。


それでなんとかその場は耐えました。




っていうかね、カラオケは嫌いなんです。


厳密に言うと歌が嫌いなんです。


中高の音楽のテストのせいでコンプレックス抱いてるんで。


うちの中高は、実技とペーパーのテストを足して割った点数がいわゆる内申書の点数になるっていうシステムだったんですよ。


で、ある学期の成績が60点近くだったんですよ。音楽の。


1つだけほかの科目と大きく離されてるんですね。如実に。


思い当たる節なんてないんですよ。ペーパーは90超えてたし。


何が言いたいかって歌の実技テストで30点台だったってことです。


それ以降、音楽の実技が歌のテストのときはどんな時も例外なく、憎たらしいほど学期成績60点台でした。


ちゃんと真面目に歌ってるのにもかかわらずです。


歌が嫌いになるのなんて必然の流れでしょ??


それなのにあの女はおれに歌うことを強要やがったんです。処刑ものですよ笑




で、冒頭に戻ります。


Bump of chickenいいっすね。


そのカラオケ以来邦楽も聞くようにしたんです。ふらついた結果たどりついたのがBump of chickenでした。


特にいいのが「同じドアをくぐれたら」です。歌詞を一部抜粋するとこんな感じです。


手に入れる為に捨てるんだ 揺らした天秤が掲げた方を
こんなに簡単な選択に いつまでも迷う事は無い

その涙と引き換えにして 僕らは 行ける


手に入れる為に捨てたんだ 揺らした天秤が掲げた方を
そんなに勇敢な選択だ いつまでも迷う事は無い

その記憶と引き換えにして 僕らは 行ける


その涙と引き換えに
その記憶と引き換えに
この歌と引き換えにして 僕らは 行ける


最初来たときは本当になんてことなかったんですが、何度も聞いてるとだんだん味が出てきて。


選択されなかった可能性を考えたり、それに思いをはせる必要はないんだって。

選んだ道を後悔することがあっても、それこそが選択であって、その後悔があることで、もっと一般的に言うのならその可能性を断ち切ることで初めて「僕らは 行ける」んだって。


様々な局面で我々は何かを選ぶことになるが、その時々で可能性を1つずつ失ってしまい、それこそが選択であるっていうネガティブな考えしか今までなかったんですが、この歌を聞いて、「手に入れる為に捨てる」っていう考えが初めて理解できました。


言われてみれば当たり前なんだけど、気付かなかった。


俺が今まで捨ててきた道はすべて今のおれが手に入れたものの代償なんですね。


そう考えると、この人生、無駄には生きれませんよね。


考えるまでもなく、僕らが今現在ですらも絶ち続けている可能性の価値は無限なのに、それと引き換えにして得ているものがそれに見合うものであるといえるかどうか。


今、俺は平然と存在していられるけれども、この俺の犠牲となったものが存在するんですよね。


そいつも間違いなく「俺」なんでしょうけど。


明日からはもうちょっと有意義に過ごそ。




最後にもう一度。


Bump of chickenいいっすね。



それでは。