電車のマナー | こころにうつりゆくよしなしごとを・・・

電車のマナー

今日部屋の掃除をしました。4月に入居だからかれこれ8か月も放置してたことになるんですね笑


さすがにほこりはすさまじく笑


ま、これで当分はまた放置できますね。


掃除なんて無意味じゃん、だって。


まぁ、文字通りに無意味なわけじゃないんだけどさ。


非効率的っていうのが的確ですかね。


自分一人しか住んでないわけだし。子供とかいるならともかく。


実質寝るだけの空間だし。


そんなことをいいつつも、掃除して生まれた新たなスペースを見つけた瞬間には若干の感動を覚えてみたりもしてみたり。おぉ、足の踏み場を探さなくていい!!


こんな感じでだらしない感じの僕ですが、決して混沌を好むタイプじゃないっすよ、断じて。


整理することには意味を見いだせないけど、整頓してなきゃ落ち着かないっていう性格はしています。微妙な違いですけど。


まぁこの話題はこの程度で終えて、と。


このアメーバブログにログインして、なんとなく話題の掲示板ってとこをのぞいてみたんですよ。電車の中のアリエナイ行動ってとこです。大盛況ってあったんでちょっと興味あって。そしたら、なんとも過激な書き込み多数でびっくりでした。


まぁ、その空気にのまれて、っていうか合わせてそーゆーこと打ち込んでるだけなのかも知れないけど、なんだかな、って感じでした。



そもそも大人は幼児に席を譲るべきなんですか?たとえそこが優先席であっても、です。



書き込みでは至極当然のことだっていう風潮だったんですけどね、ほんとにそうですかね。俺の育った環境ではガキは立ってろ、っていうのが常識だったんですが。もちろんここで考慮すべきなのは幼児であることなんでしょうけど。


その書き込みしてた人は、自分の子供に席を譲らなかった、それでいてケータイばかりいじっていた若者に腹がたったって言ってましたが。その部分だけでは、子供に席を譲らないことが腹立たしいのか、それとも単純に自分の子供に席を譲らないことが何より腹立たしかったのかがはっきりしないんですが、いずれにせよ、そんなに躍起になって社会的、もしくは身体的弱者を作り出さなくてもいい気がするんですがね。


もちろん、幼い子にとってはただ立っていることも苦痛なのかもしれませんが、少なくとも自分にはおれの若いころは脚力が充分じゃなかったから立っていることさえ辛かったぜ、っていう思い出もないし。まぁここで問題となっているのはもっと幼い子の話なのかもしれませんが。



歪んだ考え方かもしれませんがね、俺はできるだけ人を対等に扱っていきたいっていう考えです。妊婦や身体に不自由のある方、後期の老人なんかの例外をのぞいてです。ここに幼児を入れるか否かがここでの議論の分かれ目なんでしょうけど、がんばれ、若い奴は。足もとが不安定でも何でもそれに耐える術を身につけろよ。



「持てる者」が「持たざる者」に‘施し’を与えるっていく構図はできる限り作んない方がいいじゃん。甘んじてその好意、あるいはその裏に秘められている悪意をも受け取らざるを得ない状況でなければ、です。


人はみな平等、そうありたいじゃないですか、理想として。


まぁ、現実としていろんな観点から見て平等じゃないし、俺個人としても本心から平等であることを望んでいるわけじゃないし。できることなら「持てる者」としてこの人生を優位に終えたいという本心があることを否めないし。


いつまにか真面目な話になりつつあるけど、結局は個々人の好きにすればいい、っていう安易な結論でいいっすかね?席を譲る、という行為を‘好意’と捉えるか‘施し’と捉えるかに依っていますよね。その判断は個人の人生観によるものですし。



おれは人に席なんかゆずんねぇぜ。妊婦や身体に不自由のある方、後期の老人に対してもです。あれ?さっき言ってたことと違ってないですか?


上のは建前、下のは本音です。


人間的に屑ですか?


まぁでも屑は屑なりにこんなことを考えてますよ、っていう話です。


それでは。