前回のアップから暫く開いてしまった。

まぁ忙しかったとが一番だが、それ以外にも理由があって父の経過が思った以上に順調なのだ。

故にあまり書く事が無かった。

 

現状はこうだ。

父親に付けられた病名は進展型小細胞肺癌。

高齢である事とステージⅣで他に転移が認められている為、外科的治療は不可・放射線治療も不可で、化学療法一択。

 

標準治療として確立されているシスプラチン&エトポシド併用投与。

4クールの1コースの投与スケジュール。

1クール目は当初3週間の入院と1週間の帰宅、2クール目以降が1週間の入院と2週間の自宅療法で4クール目までと言うのが当初聞いていたスケジュール。

 

1クール目の投与量が看護師さんの患者の体重記載ミス(70キロ近い体重なのに、40キロ台と記録されていたと言う信じられないミス)で少なかったそうだが、3クール目まで終了した今の時点で、レントゲン写真では原発部分の癌はわからないぐらいにまでなっているらしい。

勿論CT等をしないとこんなものはあまりアテにはならないそうだが、それで非常に嬉しい現状だ。

 

1クール目の投与量が少なかった事がどう関係したのかは不明だが(因果関係のあるなしも)、毛が抜ける等の副作用が殆どないのも大きい。

倦怠感を感じる事はあるようだが、当初骨に転移した事によるあばら骨の痛みが消え、爪の変色や嘔吐と言った不快な副作用が殆ど出ていないので、自宅療養している本人はひたすら退屈しか感じていないようだ。

勿論血液検査をしたら当初は好中球の極端な減少等はあったが、それらは対処療法で点滴で対応して下さっている。

 

現状、家族が感じる最大の副作用は「本人が非常にわがままになった」ぐらいだろうか。

 

そんな感じなので、ブログに書くネタが無かったゆえ、更新が全く出来なかった。

 

来週から入院して4クール目の抗がん剤投与が始まる。

勿論全く楽観視はしていないし、今日も検査結果を聞きに行っているようなのでどんな非常事態が告げられるのかはわからない。

 

ただ、癌の告知をされた直後の本人そして我々家族のパニック期間は無事に過ぎた。

色々と現状を冷静に理解して、望まぬことだけど仮に悪い方に急に舵を切ったとしても以前とは違う受け止め方が出来そうだ。

 

楽観視はしない。でも、こんなパターンもあると言う事も少し知って貰えたら、真っ暗闇に立つ人にも少し希望を持ってもらえるのではなかろうか。

ゆうパックが事務所に届いた。

市の社会福祉協議会からだ。

 

中には金婚式を祝う賞状と記念品が入っていた。

今年の金婚式のお祝いの会に申し込みしていた両親だったが、まさかの小細胞癌の発覚で出席出来なかったため、郵送で記念品が贈られてきたようだ。

 

自宅のある市ではないから仕方がない。実家に持っていくことにした。

 

夜も19時過ぎ。実家について呼び鈴を押すもしばらく反応がない。

灯りは点いているからいるのは確かなんだが、、、と思っていたら母親が出てきた。

庭で二人でお茶を飲んでいたらしい。

 

庭に回ってくれと言う事で庭に向かうと、父親がお茶を飲みながら庭を眺めていた。

 

調子はどうだ?と聞くとやはりシンドイらしい。

自分は副作用は軽い方だと思っていたが、正しい量の抗がん剤を投与されたらやはり相当シンドイらしい。

1クール目の量は本当に少なかったんだな。副作用は兎も角、ちゃんと癌を叩いてくれているんだろうか。

 

吐き気どうこうより、倦怠感が辛いとの事だ。

自宅にいるときは殆ど日中なんて臥せる事なんてなかったのに、今日は一日中寝ていたと力なく笑っていた。

 

頑張れなんて言葉は絶対に掛けるつもりはない。本人は頑張っているんだから。

しんどい時は寝とけ。起きている時は仕事の事でも考えとけば時間が過ぎるんじゃないかと言ったら笑っていた。

 

両親が結婚して50年。私の約3倍弱か。

51年、52年と無事に迎えられますように。

緊急事態宣言が全国一斉に明けて、所謂夜のお付き合いが久しぶりにあった。

まだ時短要請が出ているため、お酒の提供は20時半までと言う事もあり、聊か駆け足でピッチ早くお酒が進んだ。

 

スマホが鳴っているのは知っていたけど、出れるはずもなく放置。

会がお開きになりスマホを見ると、母親からの電話の嵐と、折り返し電話が欲しいとのラインが入っていた。

 

自宅に電話をすると、やや興奮気味。一気にまくしたてる。

 

要約すると「1クール目に投薬すべき抗がん剤の量を間違えられていた。元来投与すべき量よりも少なかったらしい」との事。

ん?どういうこっちゃ。

 

投与量が少なくなってしまった原因は看護師さんの体重の記録ミス。

70キロちょっとの父親の体重。ここにきて減ってはきていたけど、それでも60キロ半ばの体重。

何とその体重の記録を44キロとしていたそうな。

 

ちょっと待て。。。なんぼ何でも間違いすぎやろ。

この極端に少ない体重を元に抗がん剤の量が決められたと。

 

ただ元来投与すべき量にも達していないにも関わらず好中球減少症と言う事なので、対処を行う事と、今回は前回よりも投与量が増えるので経過を注意深くみます。。。と謝罪があったそう。

恐らく、2クール目の投与に際し、量を計算していてその間違いに気づいたんだろう。

逆に気づくぐらいの量の違いがあるんだろう。

 

タダでさえ80前と言う事で規定量の抗がん剤の投与は出来ないと言われていたけど、更に少なかったとなるとそもそも癌には効いてくれたのか?

 

コロナ禍で病室から出れず、面会も許されていない患者にだけ伝えて謝罪して終わり・・・っておかしくないか?

キーパーソンとして母親と私の名前は書いているわけだから、少なくともそこには説明すべき問題じゃないのか?

 

帰宅後、カミサンにその事を言ったら「間違えた量が多すぎだったとしたら、若しかしたら命の危険もあったかもしれないと考えると、少ない方は不幸中の幸いだったのかもしれないよ」と言っていた。

なるほど、そんな考え方もあるか。。。。。

 

今日から抗がん剤2クール目の投与が始まる。

投与前の昼に父親との電話では「ちょっとショックやけど、あまりキツク言って後々変な報復されるのも嫌やからおとなしくしておく」と。

 

まさかいやがらせ的な事なんてしないだろうけれど、普段は好戦的な癖にいざこういう事があると、途端に気が弱くなるのはいつもの父上ね。

 

でも、一度病院には説明をキッチリと聞きたいとは思う。

 

後の備忘記録としてこの記事を残しておきたい。