古代の「えみし」 | 竹内文書の世界を旅する三和導代のブログ

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三和 導代 です。

 

何度もこの「えみし」を書こうとして途中で切れてしまいました。おかしな表現ですが、文章の途中のままで終わり、気がつけば朝という状態の1週間でした。

 

「えみし」はもともとは、日本の建国伝説の中で神武天皇と戦った奈良盆地付近の住民の呼び名でした。その意味は「力の強い者」でした。その後「蝦夷」の字があてがわれ、東北そして北海道方面の住民の呼称に限定されていきました。

 

これは中華思想である蝦夷思想に基づく身分差別からの対象であったのです。つまり多様な総称でありました。

 

そして日本中世までには「蝦夷」の読み方じゃ、「えみし(えびす)}から「えぞ」へと変わっていきます。

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