東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.17《さまよえるオランダ人》(演奏会形式)(東京文化会館大ホール)
指揮:アレクサンダー・ソディ
ダーラント(バス):タレク・ナズミ
ゼンタ(ソプラノ):カミラ・ニールンド
エリック(テノール):デイヴィッド・バット・フィリップ
マリー(メゾ・ソプラノ):オッカ・フォン・デア・ダメラウ
舵手(テノール):トーマス・エベンシュタイン
オランダ人(バリトン):ミヒャエル・クプファー=ラデツキー
管弦楽:NHK交響楽団
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:エベルハルト・フリードリヒ、西口彰浩
音楽コーチ:トーマス・ラウスマン
東京春音楽祭のワーグナー・シリーズもこれでVol.17。今回も、圧倒的な高水準の上演で、このワーグナー・シリーズでは毎度のことながら、今年のベスト・コンサート確定である。
今回まず驚いたのは序曲のエンディングが通常と異なっていること。なんと初稿版が使われていたのであった。全曲のエンディングも同様であったのだが、トリスタン完成後にワーグナーが書き加えたハープによる救済の動機がない。
この初稿版、ブルーノ・ヴァイル指揮カペラ・コロニエンシスによる録音があり(2004年deutsche harmonia mundi 88843076462)、これがなかなかの名演。初稿版の舞台設定はスコットランドであり、ダーランドはドナルド、エリックはジョージ、マリーはメアリーとなっている。また、ゼンタのバラードは通常歌われるト短調がイ短調になっている。この初稿版、私は未聴であるがマルク・ミンコフスキ指揮ルーヴル宮音楽隊による録音もある。今回の演奏、全曲中どこが通常版と違うのかまで私にはわからないが、普段聴き慣れない部分があったな、と思った次第(適当ですみません)。
今回の上演、いつもながら歌手陣が素晴らしく(ダーラント役のナズミ以外は先日の「グレの歌」に出演している)、日本でこれほどのオランダ人が上演されたというのは驚異的である。
中でも、ゼンタ役のカミラ・ニールンドは気品がある上に実に輝かしい声であり、現代最高のワーグナー・ソプラノはこういうものなのだと実感。しっとりした表現から絶叫に至るまで、幅広い表現力だ。エンディングでは涙が出そうになった。タイトルロールを歌ったクプファー=ラデツキー、最後やや声がかすれたが粗野でありかつ堂々たる歌唱。ダーラントを歌ったナズミは押し出しが強く、この役にしては立派過ぎるぐらいでもったいない。もったいないといえば、マリー役ダメラウ。出番の少ないこの役は割と盛りを過ぎ年齢を重ねた歌手が歌うことが多いのだが、ダメラウのような旬の歌手が歌うとは。芯が強めで若々しく素晴らしい声である。エリック役のフィリップ、リリカルながらそこそこの重みがあるのがよい。舵手役エベンシュタイン、出番は少ないが、第1幕の舵取りの歌は味わいがあるしなかなかよい。
この曲で重要な合唱、実に力強く輝かしいが、ゴツゴツした手触りを感じる。ドイツで聴く合唱団のような感覚だ。バイロイトで長年合唱指揮者を務めたフリードリヒが東京春音楽祭に毎年来てくれるのはなかなかすごいことだろう。
指揮は英国人指揮者、アレクサンダー・ソディ。ミラノ・スカラ座で、ティーレマンの代役で指環を振ったというニュースがあって有名になり、昨年のセイジ・オザワ松本フェスティバルでショスタコーヴィチを演奏した人である。ソディの指揮を聴くのは初めてであるが、今回のオランダ人、きびきびとしたテンポ設定で、綿密で隙がない音楽作りであり、造形がしっかりしている点で好感が持てる。ヤノフスキが振ったときのような引き締まった低音というのは感じられないが、全体のバランスがよい。なかなかいい指揮者だ。
そして、オーケストラの深みがあって密度の濃い音が素晴らしい。1階前方の私の席からはほとんどのプレイヤーが見えなかったが、弦は16型のようだ。先日、グレの歌をやはり1階前方で聴いたのだが、20型のグレの歌よりも今回のオランダ人の方が全体に緊密な音を聴くことができた。
超高水準の演奏ゆえ、終演後のカーテンコールは非常に盛り上がり、観客総立ちの状態となった。15時開演(15時5分ごろ開始)、17時10分ごろ演奏終了。ノンストップながら全く退屈することのない演奏であった。
総合評価:★★★★★







