サー・サイモン・ラトル指揮 バイエルン放送交響楽団来日公演を、サントリーホールにて。

 

指揮:サー・サイモン・ラトル

バイエルン放送交響楽団

 

リゲティ:アトモスフェール

ワーグナー:歌劇「ローエングリン」第1幕への前奏曲

ウェーベルン:6つの作品 Op.6

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」より“前奏曲” “愛の死”

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ブルックナー:交響曲第9番(コールス校訂版)

 

なんというすごいプログラムだろうか!発表されたとき多くのファンが衝撃を受けたはずである。聴衆にとってはとても長いプログラム(休憩を入れると2時間半コース)だし、オーケストラから見ればとてもハード。非常に幅広い表現能力が要求される作品たちである。これを日本ツアーでやるというのは、ある意味リスキーなはずだ。

かつてラトルは、日本に来る外来オーケストラの演奏曲目について苦言を呈しており、せいぜい50演目程度の曲目を回して演奏しているだけだ、と指摘していた(残念ながらこれは今も変わっていないと思う)。ラトルは毎回これを打ち破るべく、一筋縄ではいかないプログラムを持ってくるのがファンとしてはとてもありがたい。

 

今回の演奏会、オーケストラのフレキシビリティに圧倒された。期待通りの素晴らしい演奏である。全ての曲において16型で、ヴァイオリンは両翼配置、ヴィオラは左手奥、チェロとコントラバスは右手奥という編成。

前半4曲が並んでいるが、リゲティとローエングリン、そしてウェーベルンとトリスタンはアタッカで続けて演奏された。こういうやり方、ラトルやノットが好んで行うが、考えてみたらともに英国人のオタク系指揮者だ。

 

アトモスフェール、63年前に書かれた音楽とは思えぬほど、今聴いても新鮮な感覚を持っている傑作だ。前後も左右もない空中浮遊感が素晴らしいが、ラトルの鋭敏な感覚とオーケストラの少し明るめの音色によって、録音で聴くこの曲ともまた違うテイストが感じられた。

アトモスフェールの最後の余韻から、そのままローエングリン冒頭のイ長調の和音が静かに始まるこの演出。違和感があるようでないこの感覚。そして、バイエルン放送響のワーグナーの音色は、ミュンヘン・フィルの暗く深い音色に比べて明るめで、弦の音は柔らかくシルキーだ。

 

拍手でいったんラトルが引っ込んだあとのウェーベルン、私が大好きな曲である。この曲も115年前に書かれているとは信じがたいほど前衛的だ。オーケストラの弱音が繊細極まりなく、打楽器群のかすかな響きがとても印象的だし、金管セクションは柔らかい響きで威圧感がない。

ところで、私の座席からは少ししか見えなかったのだが、第5曲か第6曲でピアノの弦を何かでつまびいているのが聞こえた。ところが、今回演奏された4管編成版にも、1928年に作曲者自身により編曲された2管編成版にも本来ピアノは登場しないようで、ハープの音をピアノの弦をはじく音で代用したのだろうか?(ハープは2台必要なはずだが、1台しかなかったので)

ところで意外なことに、ラトルのウェーベルンを実演で聴くのは、今回が初めてであった。

ウェーベルンの繊細な音が終わったところから、トリスタン冒頭のチェロのA音が始まる。ラトルのトリスタンとイゾルデ、2004年にベルリン・フィルと初来日したときにミューザ川崎シンフォニーホールで聴いたあの素晴らしい前奏曲と愛の死は生涯忘れないであろうし、2016年ベルリン・フィルの演奏会形式で聴いた全曲、2022年のロンドン響来日公演での前奏曲と愛の死、どれも印象的である。今回のバイエルン放送響との演奏は、音色が明るめでありながらしっとりとした官能性が感じられるものである。機能性が極めて高いベルリン・フィルやロンドン響ほどエッジは効いていなかったが、その反面音が柔らかくフォルテでもふわっとした印象があるのはこのオーケストラならでは。管楽器の音が抜群にいい。

 

後半はブルックナーの9番。2011年のベルリン・フィル来日公演でも取り上げた曲である。

https://ameblo.jp/takemitsu189/entry-11087411075.html

あざといラトルらしく、メリハリをはっきりさせて味付けを施す演奏であり、ブロムシュテットやハイティンクなどの自然派のブルックナーとは違うのだが、これはこれで好きな演奏である。ベルリン・フィルと違ってキレキレになりすぎず、すっきりと伸びやかな音色が心地よい。低音はゴリゴリした腹に響く音ではないのだが、しっかりと鳴っている手応えが感じられる。

しかし私の今回の座席、チケット争奪戦に負けて好みの場所が全く選べず、ステージのほぼ真横。この場所でS席とは…ブルックナーを聴くには少々直接音が多すぎて疲れてしまった。もう少し離れたところで聴きたかった…まあ、オーケストラのメンバーの表情や演奏姿がよく見えたのは面白かったのだが。(私の座席では音響効果としてはあまり意味がなかったのだが)ヴァイオリンが両翼配置で、第2ヴァイオリンのフォアシュピーラーの女性奏者が、指揮者や第1ヴァイオリンとしっかりアイコンタクトを取っているのがよくわかった。

 

19時開演で21時半頃終演。会場はほぼ満席。それにしてもこのオーケストラ、タフな人たちである。

 

総合評価:★★★★☆