神奈川県民ホール開館50周年記念オペラシリーズVol.2 サルヴァトーレ・シャリーノ作曲『ローエングリン』を、神奈川県民ホールにて(6日)。

 

シャリーノ:「瓦礫のある風景」(2022年)[日本初演]

指揮:杉山 洋一

 

シャリーノ:「ローエングリン」(1982-84年)[日本初演/日本語訳上演 *一部原語上演]

原作:ジュール・ラフォルグ

音楽・台本:サルヴァトーレ・シャリーノ

修辞:大崎 清夏

演出・美術:吉開 菜央・山崎 阿弥

指揮:杉山 洋一
出演 エルザ役:橋本 愛

 

[演奏]

●=「ローエングリン」 ◆=「瓦礫のある風景」

成田 達輝 ●◆(ヴァイオリン/コンサートマスター)

百留 敬雄 ●(ヴァイオリン)

東条 慧 ●(ヴィオラ)

笹沼 樹 ●◆(チェロ)

加藤 雄太 ●◆(コントラバス)

齋藤 志野 ●◆(フルート)

山本 英 ●(フルート)

鷹栖 美恵子 ●◆(オーボエ)

田中 香織 ●◆(クラリネット)

マルコス・ペレス・ミランダ ●(クラリネット)

鈴木 一成 ●(ファゴット)

岡野 公孝 ●(ファゴット)

福川 伸陽 ●(ホルン)

守岡 未央 ●(トランペット)

古賀 光 ●(トロンボーン)

新野 将之 ●◆(打楽器)

金沢 青児 ●(テノール)

松平 敬 ●(バリトン)

新見 準平 ●(バス)

山田 剛史 ◆(ピアノ)

藤元 高輝 ◆(ギター)

 

イタリアの現代作曲家、サルヴァトーレ・シャリーノ(1947〜)のオペラ、ローエングリン。この難解な作品の主役を名女優の橋本愛が演じると聞けば、行かないわけにはいくまい。

シャリーノのこの作品、私は2017年にザルツブルク・イースター音楽祭で観たことがある。主役はサラ・マリア・ズン(ソプラノ)、ペーター・ティリング指揮オーストリア現代音楽アンサンブルによる上演で、歌詞は原作通りイタリア語だった。

https://ameblo.jp/takemitsu189/entry-12266562688.html 

今回は日本語による上演ということもあるのかわからないが、語りの部分が比較的ゆっくりと長め。NMLに収蔵されている音源(イタリア語版)だと44分程度だが、上演時間は60分程度であった。

さて、主役エルザを演じた橋本愛が実に素晴らしかった。女優ならではの多彩な表情と、美しい声から叫び声、金切り声、そのうえ口から発せられる舌打ち、唾液の音まで、(おそらく)楽譜通りに演じているのであろう、オーケストラとのシンクロも完璧だったと思う。この作品、女優が演ずることを想定して書かれた作品だとはいえ、楽譜通りに「演奏」することは求められているわけで、楽器演奏の経験がないという橋本愛の集中力には驚嘆せざるを得ない。彼女はインタビューで「自分がやったことのないことや慣れていないことに対する恐怖心を抱いたものこそやるべきだと決めている」と語っている。彼女が「潮騒のメモリーズ」で終わっていないのはまさにそのプロ意識の高さゆえであろう。演技力は言うまでもないが、エルザのあどけなさを持った狂気を見事に演じていた。

冒頭、エルザはステージ奥から徐々に中央に出てきて、ほぼプロンプタボックス前の定位置で演じた。ザルツブルクで観た上演はもう少し動きが活発で、エルザはステージをあちこち動き回り、あげくには客席にまで降りて来たのだが。このあたりは、台詞はもちろん楽譜まで完全に覚えて臨む歌手とはさすがに勝手が違うわけで、女優への配慮ということかもしれない。逆に言えば、橋本愛という女優の魅力に負うところが大きかった公演だとも言える。最後はステージ奥のベッドがはっきりと見え、エルザは枕を持って来るのだが(そういえば、最初の台詞は「枕」だった)、その枕が最後宙に浮いて終了。

 

語り部分が長めに感じられたゆえか、逆にオーケストラの出番はこんなに少なかったか?と思ってしまったのだが、一流プレーヤーたちによるオーケストラの水準は高く、現代音楽の大家である杉山洋一氏の指揮も非常にこなれている。

 

前半に演奏された「瓦礫のある風景」は2022年の作で、ロシアのウクライナ侵攻に異を唱える作品。3楽章からなり、シャリーノらしく普通の奏法で演奏されるシーンは少ないが、全ての楽章でショパンのマズルカが引用されているので、難解な前衛作曲家シャリーノの作品にしては聞きやすい方であろう。第2楽章だけが異様に長かったのだが。

 

本公演は前日(5日)と2公演だったが、橋本愛主演にもかかわらず満席にはならなかったようだ。さすがに、シャリーノのオペラというのはあまりにマニアック過ぎるということか。

 

本公演は「神奈川県民ホール開館50周年記念」ということなのだが、私が神奈川県民ホールでオペラは観るのは、これが最後である。なぜならこのホール、令和7年3月いっぱいで「休館」(おそらく事実上閉館)してしまうからだ。このホール、そこそこ大きな箱であるため、海外のオペラハウスの来日公演ではよく使用されていたのだが、同じくよく使用されてきたNHKホールに比べると音響がよいので好きなホールだった。ホール周辺の雰囲気もいい。ここで観たオペラは記憶に残る名演が多いのである。閉館は本当に残念…

 

総合評価:★★★★☆