バイロイト音楽祭2024 ワーグナー「ラインの黄金」を、バイロイト祝祭劇場にて。

 

指揮:シモーネ・ヤング

演出:ヴァレンティン・シュヴァルツ

 

ヴォータン:トマス・コニエチュニー

ドンナー:ニコラウス・ブラウンリー

フロー:ミルコ・ロシュコウスキ

ローゲ:ジョン・ダザック

フリッカ:クリスタ・マイヤー

フライア:クリスティナ・ニルソン

エルダ:オッカ・フォン・ダメラウ

アルベリヒ:オラファー・ジグルダーソン

ミーメ:ヤーチュン・ファン

ファゾルト:イェンス=エリック・オースボー

ファフナー:トビアス・ケーラー

ヴォークリンデ:エヴェリン・ノヴァーク

ヴェルグンデ:ナターリア・スクリツカ

フロスヒルデ:マリー・ヘンリエッテ・ラインホルト

 

バイロイト祝祭管弦楽団

 

ミュンヘンから電車で約2時間、緑豊かなドイツの田舎町・バイロイトに5年ぶりに到着。

ヨーロッパの夏の有名な音楽祭はいくつかあるが、ザルツブルク、ルツェルン、そしてバイロイトのうち、いわゆる観光旅行を兼ねてでかけるのであれば、ルツェルンかザルツブルクであろう。バイロイトはワーグナーの聖地であること以外、とりたてて何もない街である。

しかし、この街の夏の静かで落ち着いた雰囲気はなんとも言えない魅力がある。青い空、日中は暑いが、夜は涼しくて、それこそ何の音もしない田舎。5年ぶりに、なぜか「帰ってきた」という不思議な感覚を覚える街である。

 

2022年新演出のニーベルンクの指環は、1989年オーストリア生まれのヴァレンティン・シュヴァルツによるもの。本年が3年目となる。

 

初日の「ラインの黄金」、その演出はさておき、歌手陣とオーケストラのレベルが圧倒的に高く、音楽的には非常に素晴らしい公演であった!そして、蓋に覆われたピットから聞こえてくる音、これがまさこそワーグナーが理想とした音響なわけである。少しベールを被ったような中で絶妙にブレンドされた音響はまさに絶品。この音は、世界中この劇場でしか味わえないものであろう。ピット内の特殊な構造とオーケストラの特殊な配置あってこそのこの音響である。

 

今年度のリングの指揮は、オーストラリア出身のシモーネ・ヤング。当初発表はフィリップ・ジョルダンだったのだが、契約の関係とかで突然変更になった(チケット申込の後である)。それを聞いたときはやられた、と思った。とはいえヤングはドイツの劇場叩き上げのキャリアを持ち、過去にハンブルク州立歌劇場の音楽監督を務め、2008年、2010年にはそのハンブルクのオーケストラとともに、ニーベルンクの指環全曲を録音しているというしっかりしたキャリアを持つ指揮者なのである。昨今のクォータ制とやらが導入されるずっと前に、実力で名声を勝ち取った女性指揮者だ。彼女の演奏、私は2016年東響定期で聴いたのだが(ドヴォルザークのチェロ協奏曲、ブラームス4番)、非常に面白かったものの粗さが感じられたのも事実であった。

https://ameblo.jp/takemitsu189/entry-12216889526.html

しかし今回のラインの黄金は素晴らしい。手堅くまとめる一方で、聴かせどころでの音楽の緊張感を高め、一気に聴衆を興奮に巻き込んでいくことができる手腕を持つ。極端な表現を採ることはなく、例えばファフナーがファゾルトを殺害する場面などでも、ティンパニをそこまで強打させるようなことはない。

そしてオーケストラの艶とコクがある弦の音、最高である。金管は全くうるさくなくて、遠く地の底から、いいバランスでまろやかに鳴っている。

 

歌手陣、当然ながら全員レベルが高い。全く知らない歌手が半分以上だ。

中でも印象的だったのは、ローゲ役のジョン・ダザックという英国人歌手で、役にあった押し出しの強い声で説得力あふれる歌唱である。読み替え演出上弁護士役らしく、携帯で連絡を取る仕草が多かった。この人が歌うと、雰囲気がぱっと変わるぐらいの存在感だった。

ファゾルト役イェンス=エリック・オースボーは美声で、巨人族という雰囲気ではない(演出では建築家ということらしい)が端正で素晴らしい歌唱だ。この人は2019年の東京春祭「さまよえるオランダ人」でダーラントを歌った人である(アイン・アンガーの代役)。

アリベルヒ役オラファー・ジグルダーソンは見た目も声質も渋めで、アリベルヒに合っている。ヴォータンは東京春祭等でもおなじみのコニエチュニー、安定した節度ある歌唱である。エルダはこちらも今年の東京春祭でリサイタルを開いたフォン・ダメラウ。もともと役得な役柄で、わずかな出番(ステージ上にいた時間は長かった)ながら深みのある声で聴衆の喝采をさらった。ミーメ役ヤーチュン・ファンはいい味を出している性格俳優系で、これはジークフリートが楽しみだ。ちなみにこの人、顔がイジリー岡田に少し似ていたがメイクのせいかもしれない。他の歌手も総じてレベルは高かった。

 

さて、評判が悪いシュヴァルツの演出(もっとも、バイロイトの演出で評判がよいものなどほとんどないのだが)、しょうもないと感じられるとは言うものの、ラインの黄金だけを観た今の時点では、そこまでは音楽の邪魔になっていないかな、というところである。もう、ドイツの劇場でのひどい演出に対して感覚が麻痺しているのかもしれないが。リングの前回の演出、フランク・カストルフよりはマシだろう。

冒頭、気色悪いへその緒と2人の胎児の映像が流れる。シュヴァルツが書いたノートを参考にすれば、アリベルヒとヴォータンは双子の兄弟で、裕福なヴォータン家のプールで3人の家政婦(ラインの乙女)と遊ぶ子ども(黄金?)をアリベルヒがピストルで脅し誘拐。第2場は豪華な邸宅で、ヴォータンは筋トレにいそしみ、神々はみな身なりがよい。ガレージの車の中からファフナーとファゾルトの建築家兄弟が登場。ローゲは弁護士であり、建築家兄弟との間で契約書を締結。第3場は保育園の昼時でミーメは教育者、誘拐された子どもはそこで狼藉を働くがこれをヴォータンらが取り返す。第4場、ヴォータンは子どもを隠して渡すまいとするが、エルダの忠告により建築家に引き渡す、というようなしょうもない読み替えらしい。

まあ、私は音楽を聴きにきたので、こういう演出に意味があってもなくても、どうでもいいことである。

 

この日は18時開演で20時40分ごろ終了。短いとはいえ、休憩なしだからそれなりにきつい。

 

総合評価:★★★★★