ヤニック・ネゼ=セガン指揮 METオーケストラ来日公演2024を、サントリーホールにて。

 

MET オーケストラ(管弦楽)

ヤニック・ネゼ=セガン(指揮)

エリーナ・ガランチャ(メゾソプラノ)

クリスチャン・ヴァン・ホーン(バスバリトン)

 

ワーグナー:歌劇『さまよえるオランダ人』序曲

ドビュッシー:歌劇『ペレアスとメリザンド』組曲(ラインスドルフ編)

バルトーク:歌劇『青ひげ公の城』(演奏会形式・日本語字幕付)

これはものすごい公演だ。2024年のベスト・コンサート間違いなし!

 

東日本大震災直後の2011年6月以来、久しぶりのMETオーケストラの来日公演である。クラオタを自称していながら、実は私、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場に行ったことがない。ニューヨークには過去2回行っているのだが、残念ながらスケジュールがうまく合わず、現地で観劇したことがないのだ。

よって、来日公演を過去数回聴いただけなのだが、METオーケストラはもう少し大味で音がでかいという印象を持っていた。しかし、今回の演奏を聴いてその印象は一変。壮麗な金管セクション、豊麗な弦セクションの印象はそのままだが、弱音部分は極めて繊細。例えば2曲目のドビュッシー、ペレアスとメリザンドのしっとりとした上品な響きは格別である。オランダ人も、力で押すようなところは皆無で、全くうるさいところがないのだ。

これは2018年に音楽監督に就任したネゼ=セガンの影響もあるのだろうか?実はネゼ=セガンに対しても、フィラデルフィア管との来日公演で私は大味な印象を持っていたのだが…とにかく、今回の公演でネゼ=セガンを見直した。

 

とはいえ、今回の公演の白眉は、言うまでもないがエリーナ・ガランチャが出演した後半の「青ひげ公の城」である。最高水準の独唱とオーケストラの卓越した表現力で、圧倒的に満足度の高い公演であった。

ガランチャの声は深く凜としていて上品で知的、そして力強い。さらに、舞台姿がこの上なく美しい!クール・ビューティーだが、その歌唱には情熱的なところもある。ちなみにガランチャ、過去には新国立劇場に出演していた時代もあったのだが、いまや手の届かぬ世界的大スターになってしまった。

そして、青ひげ公を歌ったバスバリトンのヴァン・ホーン、野太いところがなくスムーズな発声で、こちらもとても品が良く、聴いていて心地よくなるダンディな低音である。そしてこの人も舞台姿が抜群にかっこいいのだ。ネゼ=セガンがインタビューで語っていたように、この人はネゼ=セガンが2008年にザルツブルク音楽祭デビューし、グノーの「ロメオとジュリエット」を上演したときのヴェローナ公という端役だった(私も聴いているのだが、もちろん当時端役だったヴァン・ホーンの歌唱は全く覚えていない)。その彼が今やスター歌手であり、ネゼ=セガンが深いつながりを感じているわけである。

青ひげ公、そこまで親しんでいる曲ではないので、今回事前にネットで見つけた歌詞対訳とともにイシュトヴァン・ケルテスの録音で久しぶりに予習したのだが、このハンガリー語の歌詞は、ネイティブでない歌手には結構大変なのではあるまいかと思った。ハンガリー語は不思議な言語で、ヨーロッパの他の言語と系統が別で似たところが全くないのである。そのハンガリー語の独特なリズムが、この音楽をユニークなものにしているわけだが。

今回の公演、冒頭に吟遊詩人による前口上がハンガリー語によって語られた(ステージ上のスピーカーから録音で流された)。緊迫感ある青ひげとユディットのやりとりの一方、オーケストラの音がときに温かく、ときに冷ややかな手触りをもって伝わってくるが、ややもするととげとげしくなるバルトークの音楽が、とても有機的で魅力的に響くのが心地よい。第五の扉を開いて広大な土地が拡がったシーンでは、パイプオルガンと、客席に据えられた金管のバンダ(左右Cブロック前方、Bブロック後方に配置されていたと思われる)が抜群のステレオ効果を生んでいた。それにしてもこのオケの金管は立体的で壮麗で、ソフトな音がする。

 

演目が渋くチケット代が高いというのもあり、チケット販売は苦戦していたようだが、思った以上に客は入っていて会場は華やかな雰囲気だった。カーテンコールではネゼ=セガンが聴衆を「指揮」して拍手を止めてしゃべったり、拍手をクレッシェンドさせたりとサービス精神旺盛。今日はアンコールが難しいが、明日の公演(マーラーの5番)ではアンコールやるよ、とのことだった。

 

総合評価:★★★★★