ダニール・トリフォノフ ピアノ・リサイタルを、紀尾井ホールにて。

 

《“Decades”》

ベルク:ピアノ・ソナタ op.1(1907-08年作曲)

プロコフィエフ:風刺(サルカズム)op.17(1914年作曲)

バルトーク:戸外にて(1926年作曲)

コープランド:ピアノ変奏曲(1930年作曲)

メシアン:「幼子イエスの注ぐ20の眼差し」から 幼子イエスの接吻(1944年作曲)

リゲティ:「ムジカ・リチェルカータ」から 第1、2、3、4番(1951-53年作曲)

シュトックハウゼン:ピアノ曲Ⅸ(1955年作曲)

J.アダムズ:中国の門(1977年作曲)

コリリャーノ:ファンタジア・オン・オスティナート(1985年作曲)

(アンコール)

J・ケージ:4分33秒(1952年作曲)

 

現代最高のピアニストの一人と言って良いダニール・トリフォノフのリサイタル、今回は20世紀に書かれた近現代音楽で固められたプロである。今回も使用楽器はファツィオリ。

 

卓越した技巧により、全ての曲をこの上ない解像度で一点の隙もなく演奏。ただただ、驚くしかない。ものすごいものを聴いてしまった…全ての曲について譜面を見ながら弾いていたが、これだけ多彩なプログラムだったにもかかわらず、曲毎の性格をしっかりと見据えて描き分ける手腕はさすがである。そして、2時間にわたって一切だれることのない並外れた集中力。今更ながら、トリフォノフは只者ではない。

 

プログラムをよく見ると、1908年作曲のベルクのソナタから、きれいに作曲年代順に作品が並んでいる。まさに一夜で20世紀のピアノ音楽の変遷を追うことができたわけだ。すでに現代の古典となっている名曲が多いが、著名作曲家による作品ながら、初めて聴く曲もあった。

プロコフィエフの「風刺」はこの作曲家が若き日に書いた意欲作で、後の傑作群に引けを取らないすごみが感じられる。コープランドのピアノ変奏曲は、この作曲家の後の作風からはちょっと想像がつかない前衛的な作風で、壮大な曲想だ。いずれもトリフォノフの強靱な打鍵とスケールの大きい表現で聴き応えは満点である。

こうして並べて聴くと、最も「前衛的」な音楽は1955年に書かれたシュトックハウゼンということになろうか。こんな曲が1955年に書かれていたとは驚き。そして、最後に演奏されたコリリャーノは万華鏡のように曲想が変化する幻想的なわかりやすい作品で、途中にはワーグナー風の楽想、最後にベートーヴェンの交響曲第7番の第2楽章らしきテーマがはっきり現れる(最初シューベルトのさすらい人だと思ったのだが)。

 

本プロが終わったのは21時15分ごろ。大変な曲ばかり演奏した後だから、軽い小品あたりをアンコールにやるのだろう、そう思っていた。そして、トリフォノフが椅子に座ってしばらくじっとしているので、何か深遠な曲を演奏するために瞑想しているのだろう、と最初は思っていたのだが…いつまで経っても演奏が始まらない。いや待てよ、これはひょっとして…その予想は的中。会場の女性の英語のかけ声(仕込みか?)で演奏は終了。ケージの4分33秒の実演は初めて聴いた。実測していないが、演奏時間は4分33秒もなかったかもしれない。

 

総合評価:★★★★☆