ダニール・トリフォノフ ピアノ・リサイタルを、サントリーホールにて。

 

ラモー:新クラヴサン組曲集から 組曲 イ短調

モーツァルト:ピアノ・ソナタ第12番 へ長調 K.332

メンデルスゾーン:厳格なる変奏曲 ニ短調 op.54

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第29番 変ロ長調 op.106「ハンマークラヴィーア」

(アンコール)

J. グリーン/ティタム:I cover the Waterfront (波止場にたたずみ)から

スクリャービン:ピアノ・ソナタ第3番 嬰ヘ短調 作品23 から 第3楽章 アンダンテ

モンポウ:「ショパンの主題による変奏曲」から

 

昨年に引き続きトリフォノフが来日、2つのリサイタルを東京で開催するが、これはその1日目である。思ったより長い演奏会で(ラモーが30分以上かかるとは思っていなかった)、アンコールを含めた終演は21時40分を回った。

 

前半最初はその長いラモー、昼間の疲れからうとうとしてしまったのだが、なんとも優雅で天上にいるかのような心地よさがあったので、それも致し方あるまい。トリフォノフはこの不思議な世界観を見事に表現していて、長大な組曲の30分間、圧倒的な集中力を維持していた。

続いて演奏されたモーツァルト。例えば藤田真央の天真爛漫なモーツァルトとは全く異なり、演奏スタイルとしてはやや古いのかもしれないが、正確性を保ちつつロマンティックな表現であり、説得力にあふれた名演。特に華麗な第3楽章は胸が躍るようなアプローチである。

メンデルスゾーンの変奏曲は全体のバランスが見事で、19の部分から成るこの曲を一気に聴かせた。ややもすると生真面目な表情に終始しそうな曲だが、変化に富んだ表現で飽きることがなかった。

 

比較的正攻法のアプローチだった前半に比べると、後半のハンマークラヴィーアは壮絶極まりない演奏で、今までに聴いたどんなハンマークラヴィーアとも異なる、ユニークなスタイルであった。やや角張った表現で一歩一歩踏みしめるようなところがあって、伝統的な演奏スタイルとは異なっている。第3楽章は相当テンポが遅く止まりそうな部分もあり、第4楽章では息遣いが相当荒くなってエネルギーが炸裂、時として暴力的になる一歩手前まで行っていた。今更ながらトリフォノフのテクニックは非の打ち所がないほど完璧で一点の隙もなかったと言える。

で、感動したかと言われると、私には全く感動できない演奏であった。年を取って好みが保守的になってきたということか。この曲、先日亡くなったマウリツィオ・ポリーニの演奏が頭にすり込まれているのがいけないのかもしれないが。東京・春・音楽祭で聴いたルドルフ・ブッフビンダーによるハンマークラヴィーアの演奏では、トリフォノフのような違和感は感じなかったのである。

ちなみに昨年12月のカーネギーホールのライヴ音源を聴くと、第3楽章など今回ほど遅くないように思われるので、東京公演ではまたアプローチが変わってきているのかもしれない。

 

使用楽器はファツィオリ、昨年のリサイタルでバッハを弾いたときと同じだが、トリフォノフの弾くファツィオリは深みがあっていい音がする。ブルース・リウが弾くとそう感じられないのだが…

長大な本プロのあとに、なんとアンコールが3曲演奏された。1曲目はジャズテイストだったので、カプースチンか何かかと思ったのだが違った。2曲目のスクリャービン、3曲目のショパンの変奏はトリフォノフの独特な世界観が展開されていた。ちなみにアンコール3曲とも、昨年12月のカーネギーホールライヴと全く同じ。

Pブロック、LD、RDブロックは販売されていなかったようだが、客席はほぼ満席であった。多数のカメラ、マイクが会場に入っており、NHKで放送されるかあるいはなんらかの媒体で販売されるのかもしれない。

 

総合評価:★★★☆☆