東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.15《トリスタンとイゾルデ》(演奏会形式/字幕付)を、東京文化会館大ホールにて。

 

指揮:マレク・ヤノフスキ

トリスタン(テノール):スチュアート・スケルトン

マルケ王(バス):フランツ=ヨゼフ・ゼーリヒ

イゾルデ(ソプラノ):ビルギッテ・クリステンセン

クルヴェナール(バリトン):マルクス・アイヒェ

メロート(バリトン):甲斐栄次郎

ブランゲーネ(メゾ・ソプラノ):ルクサンドラ・ドノーセ

牧童(テノール):大槻孝志

舵取り(バリトン):高橋洋介

若い水夫の声(テノール):金山京介

管弦楽:NHK交響楽団(ゲストコンサートマスター:ベンジャミン・ボウマン)

合唱:東京オペラシンガーズ

合唱指揮:エベルハルト・フリードリヒ、西口彰浩

音楽コーチ:トーマス・ラウスマン

 

今年の東京・春・音楽祭の目玉公演、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」。個人的に最も好きなオペラである。さすが東京春祭のワーグナー、非常に高水準の公演!第3幕後半は涙が出そうだった。

 

東京春祭のワーグナー、毎回歌手のレベルが驚くほど高いのだが、今回は男声陣がすごい!

2016年ラトル指揮ベルリン・フィルの演奏会形式でも聴いたことがある英国のテナー、スチュアート・スケルトンの、スケールの大きい歌唱は予想通り見事だった。8年前に聴いたときよりも今の方がよかったかもしれない(体格もスケールアップしている)。今日の席は割とステージに近かったのでわかったが、少し声がかすれるところはあった。第1幕で愛の薬を服用する場面でペットボトルの水をごくりと飲んだのには笑った。

私が最も感激したのはクルヴェナールを歌ったヴェテラン歌手、マルクス・アイヒェである。押し出しが強く雄弁な声で、トリスタンの忠実な僕という性格も見事に表現。この人芸歴が長いが、本当に名脇役である。かっこよすぎる。

そして、マルケ王を歌ったこちらもヴェテラン、もう何度も聴いているフランツ=ヨゼフ・ゼーリヒ!第2幕不倫発覚後のマルケ王の説教は退屈なことも多いのだが、ゼーリヒの渋くそして深い声にはぐいぐいと引き込まれてしまった。あれほどマルケ王の説教に引き込まれたのは初めてではないかと思われるほどだ。

脇役を固めた日本人男声歌手たちも、こうやって海外の一流歌手と並べても引けをとらない名唱を聴かせた。メロート役甲斐栄次郎はもちろん、牧童役大槻孝志、舵取り役高橋洋介、若い水夫の声を歌った金山京介、みな美声でしっかりと役をこなし、とてもいい仕事をしていた。

これに対して女声の2名、水準は高かったのだが、やや男声陣より満足感が落ちるか。イゾルデ役ビルギッテ・クリステンセンは非常にいい声だし音程もよく、最後の「愛の死」は端正で感動的な歌を聴かせてくれたが、全体にやや小さくまとまった感があり、ワーグナー・ソプラノとしてはやや迫力に欠ける。譜面をほとんど見ない男声陣に比べて、譜面にかぶりつきで初役のようだ。ブランゲーネ役ルクサンドラ・ドノーセ、この人の方がクリステンセンよりもワーグナー向きの迫力ある声。声量はあるがほんのわずかに粗さがある。第2幕、ブランゲーネの警告は客席(私の席から見えなかったが2階?)から歌われた。

 

職人的指揮者ヤノフスキ(毎度ながら登場時、しかめっ面でニコリともしない!)は予想通りきびきびと運ぶ直線的なアプローチで、音楽にうねりはあまりない。表情があまりに淡々としすぎていると感じられる部分もあるのだが、ツボを押さえた表現は見事で、第1幕の愛の薬を飲んだあとのグルーヴ感や、第2幕密会シーンの心浮き立つ感情やエンディングの緊迫感、第3幕で船が到着したあとの精神的高揚などの表現はさすがの手腕だと痛感。

先日の新国立劇場のトリスタンとイゾルデ同様、第2幕、トリスタンが登場してから愛の二重唱までの間にカットがあった。愛の二重唱は、その前振りに長めの昼の対話があってこそ引き立つのでこのカットは残念。ヤノフスキのライヴ録音(ベルリン放送響、2012年)ではカットがないので、劇場叩き上げ指揮者らしい実務的な判断でカットしたのであろう(理由はわからないが)。

 

N響はこのワーグナーシリーズの常連となっていて、さすがにワーグナーらしい素晴らしい音を奏でる。16型の弦は密度が濃い。

今回のコンサートマスターはベンジャミン・ボウマン、メトロポリタン・オペラ管弦楽団のコンサートマスターである。以前のワーグナー・シリーズではウィーン・フィルのコンサートマスターだったライナー・キュッヒルがコンサートマスターを務めていたのだが、そのキュッヒルに比べると、やはり米国オケのコンマスだけあって、もともときちっとした棒を振るヤノフスキにはそのままダイレクトに反応するということなのか、オケの音が多少乾いた音がしたようにも感じられた。キュッヒルがコンマスのときは、彼が緩衝材となってヤノフスキの棒のもとでももう少し潤いがあったような気はする。

第2幕冒頭の舞台裏のホルン。うーん…もっときちっとしてほしかった。オーボエは第1幕・第2幕がN響首席奏者吉村結実さん、第3幕はエキストラで吉井瑞穂さん。第3幕の暗い夜のイメージ、吉井瑞穂さんの深くシックな音にマッチしていると思った。第3幕冒頭のイングリッシュ・ホルンはステージ上手で演奏した池田昭子さん。上手い。素敵過ぎる…同じく第3幕、イゾルデが乗った船が到着するシーンでホルツトランペットを吹いたのは首席の菊本和昭氏。この人は本当に安定してはずさない。

第1幕のみ出演の男声合唱は東京オペラシンガーズ。上手い…なんといい声なんだろうか。そして、力強い。

 

第3幕、素晴らしいイゾルデの愛の死が終わって、少し間を置いてパラパラ拍手が起こったのだが、ヤノフスキがその拍手を手で制止!トリスタンとイゾルデの最後の余韻のあと、本当は拍手など要らないくらいなのだ。

大変に満足度の高い公演ゆえ、終演後の客席は盛り上がりブラボーの嵐だった。これは土曜日の公演も期待が高まる。

 

総合評価:★★★★★