ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」を、新国立劇場オペラパレスにて(23日)。

 

【指 揮】大野和士

【演 出】デイヴィッド・マクヴィカー

【美術・衣裳】ロバート・ジョーンズ

【照 明】ポール・コンスタブル

【振 付】アンドリュー・ジョージ

 

【トリスタン】ゾルターン・ニャリ

【マルケ王】ヴィルヘルム・シュヴィングハマー

【イゾルデ】リエネ・キンチャ

【クルヴェナール】エギルス・シリンス

【メロート】秋谷直之

【ブランゲーネ】藤村実穂子

【牧童】青地英幸

【舵取り】駒田敏章

【若い船乗りの声】村上公太

【合 唱】新国立劇場合唱団

【管弦楽】東京都交響楽団

 

モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」と並んで個人的に最も好きなオペラ、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を観る。このオペラ全曲を実演で聴くのは、2019年のバイロイト音楽祭(ティーレマン指揮)以来なんと5年ぶり!ちなみに2024年、今年はこのオペラを4回実演で聴くことになっている(そのうち3回はこの1週間以内に集中しているわけだが)。

 

今回の指揮は大野和士、オーケストラは大野が音楽監督を務める東京都交響楽団である。大野指揮都響が新国立劇場オペラパレスのピットに入ったワーグナーといえば…2021年11月の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」なのであるが、あの公演は私を含め、まわりのほとんどのクラオタが苦行(または拷問)だったと述懐するほど評判が悪い公演だったのだ。

それに比べると、今回のトリスタンは普通に聴ける演奏であり、人に勧められる上演だと思う。大野は約13年前、2010/2011シーズンにおける新国立劇場のトリスタンも振っているが、あのときのオーケストラは東京フィル。今回、手兵の都響がピットに入っているということで、とても引き締まった響きである。編成が小さめだからなのか、音の密度は普段ステージ上で聴く都響に比べるとやや薄いような気はするのであるが。

 

全体を通して言うと、第1幕はかなり満足度が高く、第2幕はまあまあ、第3幕もそれなりに満足度が高いというのが感想。

 

第1幕がよかったのは、なかなかよかった女声歌手2名の出番が中心だからである。

イゾルデ役リエネ・キンチャは当初出演予定であったエヴァ=マリア・ヴェストブルックの代役。ヴェストブルックが降りた時点で私は行く気がだいぶ失せたのであったが、代役のキンチャは決して悪くなかったのだ。この人、2019年の新国立劇場「タンホイザー」でエリーザベト役を歌ったそうだが覚えていない。声量があってなかなかの迫力であるし、エンディングの愛の死もしっかりと全音域の声が聞こえてきた。

ブランゲーネ役は日本が世界に誇る藤村実穂子、やはりこの人の声は芯がしっかりしていて心地よく、そして主役に匹敵する意思を感じさせる。藤村実穂子はこの役を2011年アルミンク指揮新日本フィルによる演奏会形式でも歌っていたが、そのときに比べてさらに声に深みが増したように思われる。

 

男声歌手陣。トリスタン役も、イゾルデ役に続き公演1ヶ月前にトルステン・ケルルの急病でゾルターン・ニャリに変更。トリスタンもイゾルデも無名歌手になったことですっかり期待が薄れてしまったのは確かであった。このニャリ、歌も上手く安定しているのだが、声量がわずかに弱く、存在感という点でイゾルデに完全に引けを取っている。そのようなわけで(このテノールだけのせいではないだろうが)、第2幕の愛の二重唱、自分はあまり入り込めなかったのだった。

マルケ王役はヴィルヘルム・シュヴィングハマー。バイロイトで、あの情けないハインリヒ王を演じた人だ(情けないのは演出のせいだったのだが)。この人はもともと軽めのバスという印象だが、今回のマルケ王も押し出しの強さより、渋さが際立った声であった。

そしてクルヴェナール役は日本でおなじみのエギルス・シリンス。昨年の東京・春・音楽祭におけるマイスタージンガーでハンス・ザックスを歌ったときは譜面にかじりつきで余裕が全くなかったのだが、クルヴェナール役は実に手堅く、上手い。第3幕における瀕死のトリスタンとの絡みも申し分なかったといえる。

 

さて大野和士指揮都響、なかなかいい音を出していた。大野のワーグナーへのアプローチは音楽をうねらせるタイプのもので、私が愛聴するカール・ベームの直線的アプローチや、おそらく東京・春・音楽祭で聴く予定のマレク・ヤノフスキのアプローチとも全く違うであろう。ただ、音楽がうねるのはよいのだが、ここぞというところでの開放感というか、すかっとするところがなくもやもやしたまま終わるのは最近の大野の演奏に共通している。例えば第1幕のエンディングとか、第2幕で不倫がばれるシーンとか、第3幕で舟が来るシーンとか、音は十分鳴っているのだが開放的なところがないのである。

 

デイヴィッド・マクヴィカーの演出は音楽を邪魔しない、新国立劇場らしいものである。13年前も観ているのだが、正直全く覚えていなかった。暗い夜の雰囲気が全体を支配しており、色が変わる大きな月が印象的。その月は、イゾルデの愛の死の最後でイゾルデが舞台奥に消えていくのに合わせてゆっくりと沈んでいくのだった。

 

会場はほぼ満席。そばにいた終始落ち着きのないオヤジと、第3幕冒頭でイングリッシュ・ホルンが静かな旋律を奏でるシーンで会場に響き渡るデリカシーのかけらもない3回のくしゃみ(たぶん1階)には腹が立った。そして、今更ではあるが、新国立劇場の座席はとても座り心地が悪い!

14時開演、19時半頃終演(休憩2回各45分)。13年前は14時開演で19時45分頃終演だったので、大野の解釈の変化か、あるいは第2幕昼の部分のカットが13年前はなかったとか??

 

総合評価:★★★☆☆