ルドルフ・ブッフビンダー(ピアノ)

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 全曲演奏会 VII を東京文化会館小ホールにて。

 

ベートーヴェン:

 ピアノ・ソナタ 第30番 ホ長調 op.109

 ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 op.110

 ピアノ・ソナタ 第32番 ハ短調 op.111

(アンコール)

シューベルト:4つの即興曲 op.90 D899 より 第4番 変イ長調

 

ウィーンの名ピアニスト、ルドルフ・ブッフビンダーによるベートーヴェンのソナタ全曲演奏会もこの日が千秋楽。プログラムは後期三大ソナタのみで、休憩なし。前日に続き、ドイツ・グラモフォンの配信サービス「ステージ・プラス」によるライヴ配信がされた公演だ。

https://www.stage-plus.com/video/live_concert_9HKNCPA3DTN66PBIEHFJAD1P?utm_source=share 

 

30番の冒頭の分散和音から非常に優しく響き、非常に安らいだ雰囲気を醸し出す演奏である。気品にあふれていて、低音にしっかり支えられた音づくり。後期三大ソナタだからといって過度に気負いがあるわけではなくて、非常に自然に、淡々と流れていく音楽である。他のソナタでは、やや急かされたような表現もときとして聞かれたのであるが、後期三大ソナタはじっくりと作品に向き合った円熟の表現である。

しっかりした低音とともに、高域のキラキラとした輝きも素晴らしい。リズム処理も先鋭的になりすぎず、適度な緊張感を持って演奏されていたが、3曲ともに、安らぎと解放感が感じられる落ち着いた表現がベースにあって、聴き終えた後に心地よい充足感を覚える。

 

今回のアンコールは最終日ということだからか、素晴らしい歌に満ちたシューベルトの即興曲であった。次回来日ではシューベルトを演奏してくれるということか?

終演後は東京・春・音楽祭の創設者であり音楽祭の実行委員長である鈴木幸一さんから花束贈呈。そういえば、ブッフビンダーもグラフェネッグ音楽祭の芸術監督なのであった。

https://www.austria.info/jp/art-and-culture/magical-places/schloss-grafenegg 

 

今回、世界遺産級といってよいベートーヴェンのソナタ32曲を連続して聴けるという素晴らしい体験をさせていただいて、ただただ感謝である。こうした素晴らしい企画、最近では武蔵野市民文化会館でフランソワ=フレデリック・ギイによる全曲演奏会(2019年全9回)が記憶に新しいが、あまりに偉大なベートーヴェンのピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲の全曲を通して触れるという体験は非常に意義深いものがあると思う。

今回の32曲のなかであえて最も印象的だった演奏を挙げるとすれば23番「熱情」、6番、8番「悲愴」あたりだろうか。

 

総合評価:★★★★☆

 

(2024.3.23追記)

この翌日3月23日、悲しい知らせが飛び込んできた。ピアノ界の巨人、マウリツィオ・ポリーニが亡くなったのだ。ブッフビンダーのベートーヴェンを聴いているとき、「ポリーニはここはこう演奏していたな」ということを頭のなかで思い出して比較していたのだが、そのくらいポリーニのピアノ演奏というのは、規範といっていいぐらいに音楽ファンの脳裏に刻まれているのである。ポリーニがベートーヴェン演奏史に遺した遺産は大きい。ご冥福をお祈りします。