アレクサンドル・タローのピアノ・リサイタルをトッパンホールにて。

 

スカルラッティ:ソナタ ニ短調 K64/ニ短調 K9/ホ長調 K380/ヘ短調 K481/ハ長調 K514

グリーグ:

《抒情小曲集》より

アリエッタ Op.12-1/祖国の歌 Op.12-8/子守歌 Op.38-1/ワルツ Op.38-7/悲歌 Op.47-7/メロディ Op.47-3/春に寄す Op.43-6/ハリング Op.47-4/夜想曲 Op.54-4/蝶々 Op.43-1/鐘の音 Op.54-6/トロルハウゲンの婚礼の日 Op.65-6

ドビュッシー:

《前奏曲集 第1集》より

デルフォイの舞姫/野を渡る風/雪の上の足あと/沈める寺/亜麻色の髪の乙女/西風の見たもの

ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ

ラヴェル(タロー編):ラ・ヴァルス

(アンコール)

サティ:グノシェンヌ第1番

エディット・ピアフのシャンソン「パダム・パダム」による即興演奏

 

パリジャンのピアニスト、アレクサンドル・タローは1968年生まれの54歳。どう見ても54歳には見えない若さだ。イケメンのパリジャンで痩身、着こなしもかっこいいのである。私が最初に彼の演奏に接したのはショパンのCDで、普通のショパン弾きの演奏とは一線を画する暗い演奏に惹かれたのであった。

トッパンホールでも2016年、2019年と彼の演奏を聴いてきたのだが、今回はちょっと驚き。いったいどうしちゃったんだ?というくらいに、鍵盤をガンガン叩くシーンが多かったのである。

 

ポンポンとボールが跳びはねるようなスカルラッティは今までの彼の演奏らしく、機敏で快活。

 

ところがその次に弾かれたグリーク「抒情小曲集」、その演奏は「抒情」的な部分もあるにはあったが、むしろ快活、いや攻撃的ですらあったのだ。「トロルハウゲンの婚礼の日」など、攻撃的を通り過ぎて凶暴の域に達している。私が愛聴しているギレリスのあの叙情性は、タローの演奏からは聞こえてこない。ところで、プログラムにない第5集Op.54-3「小人の行進」が演奏されてなかっただろうか?

 

後半はドビュッシーの前奏曲集第1巻から6曲演奏されたのだが、第1曲「デルフォイの舞姫」など、なぜここでこんなに大きな音を?というくらいにポーンと鍵盤を叩くのである。まあそれでも、以前のタローらしい繊細なタッチやフランス人らしい語り口もあったわけであるが。

ラヴェルの「亡き王女」は極めて穏当な演奏だったが、タロー自身がヤマハの楽器を想定して編曲したという「ラ・ヴァルス」、原曲に比べると、オケ版の音が装飾的に取り入れられていたり、グリッサンドが多用されていたりするところが異なっている。ここでは凶暴性が全開して、タッチの粗いところも散見されたし、唖然としてしまう演奏だった。5月にアンナ・ヴィニツカヤがこのホールでこの曲(原曲)を弾いたときは純粋にブラボーだったのだが。タローの今回の凶暴性、2001年にやはりトッパンホールで聴いたかつての有望株、アンドレイ・ガヴリーロフの異常な壊れ方を思い出させた。

それにしても、あれだけ派手にグリッサンドして鍵盤を強烈に叩いて、ピアノは大丈夫だろうか?今回のピアノは、タローが選定したというヤマハCFX、気になるそのおねだんは23,100,000円(税込)。空間にふわっと音色が倍音で拡がっていくスタインウェイと異なり、ヤマハの楽器はクリアでしっかりした音色が特徴である。

 

タローは全ての曲をiPadの譜面を老眼鏡で見ながら演奏していた。

 

総合評価:★★★☆☆