パーヴォ・ヤルヴィ指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団来日公演を、サントリーホールにて。

 

ベートーヴェン:「献堂式」序曲 Op. 124

ショパン:ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 Op. 11 [ピアノ] ブルース・リウ

(アンコール)ショパン:子犬のワルツ

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ブラームス:交響曲第1番 ハ短調 Op. 68

(アンコール)ブラームス:ハンガリー舞曲第5番

 

2015年から2022年までN響首席指揮者を務め、日本でもおなじみのパーヴォ・ヤルヴィは2019年からチューリッヒ・トーンハレ管の首席指揮者を務めている。

そのチューリッヒ・トーンハレ管、1995年から2014年まで米国人指揮者デイヴィッド・ジンマンが首席指揮者だった時代に、数多くのユニークな録音で一躍メジャーになったオーケストラである。ジンマンの後、フランスの俊英リオネル・ブランギエが首席となったが任期中途で退任してしまった。

そのトーンハレ管は2014年以来、9年ぶりの来日となる。

今回は第18回国際ショパン・ピアノコンクールの覇者、ブルース・リウが帯同していることもあり、客席は女性比率が非常に高い。

 

最初に演奏された献堂式序曲、冒頭の引き締まった和音で、会場の空気が一気に引き締まるのがわかる。14型対向配置のオーケストラ、低音弦楽器に比重が置かれているうえ、テンポが速めでアーティキュレーションが極めて精緻。このアプローチは、パーヴォがドイツ・カンマーフィルハーモニーを指揮したときのあのアプローチに近いのだが、ヴィブラートは普通にかけていた。ティンパニは小さくて硬い音がするものを使用し、トランペットは長い管のものを使用。

 

続いては12型に縮小してブルース・リウが弾くショパン1番。ピアノは、リウがショパン・コンクールでも用いたイタリアのファツィオリである。

リウのピアニズムは精緻で、弱音は繊細だし表現力は言うまでもないのだが、ファツィオリの音がどうも深みに欠けていて、低域の音は太さがあるものの格調高さが感じられないのである。これは、2月にミューザ川崎で彼のリサイタルを聴いたときにも感じられたことだ。

https://ameblo.jp/takemitsu189/entry-12790602310.html

もっとも、やはり今年の2月に聴いたダニール・トリフォノフもファツィオリを弾いていて、そのときは驚異的に素晴らしかったので、単に、リウが弾くファツィオリの音を私が苦手だというだけかもしれない。

オーケストラの音は相変わらず引き締まっていて密度が濃い。

この曲の最後、ピアノのソロが終わってオケの後奏になった瞬間、まだ曲が終わっていないにもかかわらず会場から万雷の拍手が起こる…

ショパン・コンクールかっ!!

主に女性のスタンディング・オベーションが相次ぎ、すごい疎外感、アウェー感を感じた。

 

後半は16型(ただしコントラバスは7)に拡大してブラームスの1番。

コロナ後の来日公演の演奏曲目があまりに保守的で正直辟易としているなか、このトーンハレ管のプログラムも、多くのコアなクラシック・ファンをがっかりさせるものであった。またブラ1か…そして、超人気ピアニストを組み合わせることによるリスク回避…

しかし、この日演奏されたブラームス1番は、今まで私が聴いたブラ1の中でもトップクラスの満足度であった!N響とはマンネリな演奏が多くなってしまったが、やはりパーヴォ・ヤルヴィはすごい指揮者なのである。

冒頭から引き締まった暗めの音だったがこれは予想通り。ティンパニも硬めのマレットなのであろう、やや鋭い音である。木管群、コントラファゴットの太い音が随所ではっきり聞こえるのがなんとも心地よい。コンサートマスターであるアンドレアス(・純)・ヤンケの音色が非常に澄んでいて、硬めで非常に安定している。

前回の来日のときも思ったのだが、このオーケストラの音色は硬めで、まるでスイスの岩肌を思わせるようだ。そして、音の密度が濃く重量感がある。

パーヴォは第1楽章と第2楽章の間に少しパウゼを置いたものの、第2楽章から第4楽章まではアタッカ。確か、ドイツ・カンマーフィルとの来日公演もそうだったと記憶する。

第4楽章は特に圧巻。序奏の弦のピッツィカートは非常に繊細で、聞こえるか聞こえないかというぐらいの弱音だ。首席ホルン奏者イーヴォ・ガスによる輝かしいアルペンホルンの旋律、あまりに素晴らしい!ちなみにこの部分の旋律は、ブラームスがスイスのリギ山で聴いたアルペンホルンに影響されていると言われる。主部の旋律はテンポが速めで独特な歌い回し。パーヴォがこの曲のかなり細かいところまで目を行き渡らせているのがよくわかる。コーダの金管、立体的で空気感が素晴らしい。

圧倒的な名演であった。

アンコールは予想通りハンガリー舞曲で、第5番だった。こちらも一筋縄ではいかない、細部まで凝りに凝った作りだった。

ちなみに、パーヴォ・ヤルヴィはN響の首席時代、ブラームスの交響曲を採り上げなかったはず。どのような理由なのかわからないのだが。

 

普段来ているようなクラシック・ファンが少なかったゆえか、オケが退出した後、拍手がいったん止んでしまったが、徐々に復活してソロ・カーテンコールとなった。

終演後、リウのサイン会があり、楽屋口は長蛇の列だった。

 

総合評価:★★★★★

(↓おまけ画像 チューリッヒ・トーンハレ)