アンドラーシュ・シフ ピアノ・リサイタルを、東京オペラシティコンサートホールにて。

 

J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻から 前奏曲とフーガ第1番 ハ長調 BWV846

J.S.バッハ:カプリッチョ「最愛の兄の旅立ちに寄せて」BWV992

モーツァルト:ピアノ・ソナタ第17(16)番 変ロ長調 K.570

ハイドン:アンダンテと変奏曲 へ短調 Hob.XVII:6

ハイドン:ピアノ・ソナタ 変ホ長調 Hob.XVI:52

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ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第21番 ハ長調 op.53 「ワルトシュタイン」

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 op.109

 

(アンコール)

J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV988から アリア

 

昨年11月以来11ヶ月振りのシフのリサイタル、前回に続いて今回も「曲目当日発表」。

前回は他都市公演が先にあったのでプログラムがおおよそわかってしまっていたのだが、今回は東京と川崎の2公演のみで、完全なる当日発表である。

前回は奥様の塩川悠子さんが(ゆるい)通訳をしたのだが、今回は弟子の若いピアニストが通訳をして、前回よりは効率的だったか。客席は満席。どういうわけかプログラムを買う人の長蛇の列。不思議だ。

 

今回も、シフがわかりやすい英語で曲目や作曲家について語り、その後演奏する、というスタイルを取った。予想はしていたが、前半の演奏が終わったのが20時45分、20分の休憩をはさんで後半のプログラムが終わったのは22時過ぎ。アンコールは1曲のみだったので、前回よりは早く終わって22時15分ぐらいの終了だった。

 

ピアノは1996年に東京オペラシティコンサートホールがオープンするとき、シフがウィーンで選定したというベーゼンドルファー。このホールの備え付けのピアノである。

 

冒頭に弾かれたのはバッハの平均律第1番ハ長調の前奏曲とフーガ(前回アンコールで演奏された曲だ)。シフのバッハは非常に格調高く、ベーゼンドルファーによる演奏だと粒立ちがくっきりとしてゴツゴツした手触りの音色になる。それが心地よい。バッハ作品は続いてカプリッチョが演奏されたが、これって前回も演奏されたような…シフの語りも含めてデジャヴ感満載。ちなみに前回は「あまり演奏されない曲なので」と2回繰り返して演奏された。今回は1回のみ。よかった。

 

モーツァルトの変ロ長調のソナタ、ここで睡魔に襲われやや印象が薄いのであるが、ベーゼンドルファーの野太い音色で聴くモーツァルトは、かなりスケールが大きく大柄なイメージだ。

続いて演奏されたハイドン。前回も、シフはハイドンが不当に低く評価されていると強調していたが、今回も同じ趣旨のことを言っていた。そして、選曲が素晴らしい!変奏曲は知らない曲だったがこれだけよくできた作品があるとは知らなかった。そして変ホ長調のソナタ。ハイドン最後のソナタであり、これはまさに傑作、ハイドンの円熟した筆致に舌を巻く。シフが言うように、当時では考えられない楽章間における移調(変ホ長調→ホ長調→変ホ長調)があるのが斬新。この曲、もっとキレッキレの演奏をすればそれはそれですごい演奏なのだろうが、シフの演奏はなんというか、枯れた味わいがあって、そんなに前に前に進んでいくタイプのアプローチではない。まさに、大作曲家が最後に書いたソナタにふさわしい味わいがあるのだ。そして、ベーゼンドルファーの音色はハイドンの豪放な音楽に合っている気がする。

 

後半はベートーヴェン2曲。

ワルトシュタインの開始がリズムの刻みで始まることにシフは触れて、モーツァルトではあり得ない開始の仕方だと説明。そして、第3楽章でペダルの開放が指示されていることにも触れていたが、これは前回のリサイタルで演奏されたテンペストのときにも全く同じ話をしていた…

そのワルトシュタインがまた素晴らしい演奏だった!シフの演奏は音をしっかりと噛みしめて進んでいくタイプのもので、ポリーニにように疾走するタイプとは全く異なっている。賛美歌のような部分でその旋律を際立たせる手法を採っていたのはユニークだった。

最後には天国的に素晴らしい30番のソナタ…シフの研ぎ澄まされたタッチの静謐な雰囲気と、動的な部分におけるベーゼンドルファーの低音の深みが、まさにこの曲にふさわしい。

 

アンコールはゴルトベルク変奏曲のアリア。前回リサイタルの1曲目のプログラムだった。シフは全てのリピートを実施、装飾音符も典雅であった。

 

シフはミューザ川崎シンフォニーホールでも曲目当日発表のリサイタルを行う。おそらく、今回とは違うプログラムになるだろう。

 

総合評価:★★★★★