キリル・ペトレンコ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を、KKLルツェルン・コンサートホールにて。
レーガー:モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ Op.132
R・シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」(Vn:ヴィネタ・サレイカ=フォルクナー)
4年ぶりに夏のヨーロッパに来た。羽田空港からドバイ経由南回りでチューリッヒまで計20時間強。そこから電車で1時間かけてルツェルン入りした、その日の夜のコンサートである。曲目は、11月のベルリン・フィル来日公演で演奏される予定のBプログラムと同一で、すでに2023/2024シーズンの開幕公演(8月25日)、ザルツブルク音楽祭(8月27日)でも演奏されたプログラムである。
キリル・ペトレンコがベルリン・フィルの音楽監督になってからすでに4シーズンが経過しているが、ペトレンコが振るベルリン・フィルを聴くのは、個人的には今回が初めてである。ラトル退任後、2018年秋の台湾ツアーではドゥダメルの指揮だったし、2019年秋の来日公演はメータの指揮だったし、その後ペトレンコとの来日予定があったがコロナ渦で飛んでしまった。ベルリン・フィルを聴くこと自体すでに3年9ヶ月ぶり!
KKLにおける今回の私の席は、日本で言う4階正面最前列のど真ん中。ステージからちょっと遠いが、バランスがとてもよく音が届く席である(ただ、視界のど真ん中に手すりがあるのはいただけないのだが)。そもそも最も高い席は320CHF(今のレートだと日本円で53,000円)と、来日公演よりもずっと高く、とてもではないが買う気が起こらない。高いということもあってなのか、満席ではなく9割程度の入りだったと思う。
前半はレーガー作品。「モーツァルトの主題」はピアノ・ソナタ第11番K.331「トルコ行進曲付」第1楽章のあの有名な主題であるから、もっと演奏されてもいい作品だと思うのだが、レーガーの作風はブラームスを晦渋にしたような地味さがあり、これが日本ではあまり演奏されない理由かもしれない。
主題を奏でたアルブレヒト・マイヤーのオーボエが非常に美しい。この人のオーボエは必要以上に自己主張をしないのがよい。オーケストラの響きは、ラトル時代の驚異的解像度が一歩後退し、非常に全体の調和が取れたタイプのアプローチである。弦の音も、鋼のような強靱な音ではなくて、極めてしなやかで艶がある響き。低音の弦楽器も、それほどブンブンと唸るような圧を感じさせない。それにしても、なじみがある曲ではないとはいえ、ベルリン・フィルが演奏するとやはりとても素晴らしい曲だということがわかる。ただ、終曲のフーガでそこまでの高揚感が得られないのは、もともとの曲のせいか、指揮のせいか…
前半は弦が14型。
後半は16型に拡大した「英雄の生涯」。
ベルリン・フィルが演奏するこの曲、個人的にはかつてカラヤン指揮による演奏(1974年録音のEMI盤)を学生時代に繰り返し聴いてきたし、2005年のラトルとの来日公演では、音のあまりのでかさとベルリン・フィルの解像度に度肝を抜かれた経験がある。
それらに比べると、ペトレンコの解釈は非常にバランスを重視し、やり過ぎ感が全くないと言えば変な言い方になるだろうか。例えば、冒頭のチェロとコントラバスの音、ラトルの演奏などに比べると押し出しがそこまで強烈ではなく、極めて慎ましく聞こえたのだが、まあこれは座席のせいもあるかもしれない。ラトル時代のエンジン全開、ベルリン・フィルの機能性の高さをこれでもかというぐらいに強調する演奏に比べると、非常に節度が保たれていたとでも言うべきか。そして、全ての音がクリアに聞こえていて、音が混濁するようなところは皆無だった。
ペトレンコの指揮は多少職人的なところもあるが、縦のバランスも横のバランスもよく考えられていると痛感。それにしてもこの人はあらゆる点でとても慎重な指揮者だ。録音もほとんどないし、秋の東京公演は6公演もあるのにたった2プログラムである。
さて、ちょっと見ないうちにベルリン・フィルのメンバーに新しい人が増えている。まず、ヴァイオリン・ソロを弾いたのは今年コンサート・ミストレスに就任したばかりのヴィネタ・サレイカ=フォルクナー。ラトビア出身で、アルテミス弦楽四重奏団の第1ヴァイオリンだった人であり、ベルリン・フィルの歴史上初の女性コンサートマスターということになる。今回、アシスタント・コンサートマスターは樫本大進であった。私は日本公演でこの曲のソロを樫本大進が弾くと勝手に思い込んでいたのだが、本公演でサイレカが弾いていたということは、日本公演も彼女が弾く可能性が高いだろう。そのサレイカのソロは非常に表情豊かであり、ベルリン・フィルのコンサート・ミストレスらしく音程、技巧ともに全く不安を感じさせない素晴らしいものであった。
フルートはセバスチャン・ジャコー。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の首席からベルリン・フィルの首席に転じた人で、日本では水戸室内管弦楽団でもおなじみ。ホルンの首席はずんぐりした人で見たことがなかったが、誰だろうか。ホルンセクションは数年前からするとかなり入れ替わっている。英雄の生涯では8人ホルンがいるが、後列にはすでに退団したステファン・イェジェルスキ氏の姿が。
今回の公演、指揮台を囲む弦の首席とフォアシュピーラー8名のうち、日本人が3人、女性が4人。国内、海外を問わず弦楽器奏者に女性が多いのは今に始まったことではないが、8名のうち日本人が3人もいるというのは海外のオケでは珍しいかもしれない。アメリカのオケでは、アジア系奏者は今や中華系か韓国系ばかりになってしまったように思われるのだが。
まだ明るい19時半開演、暗くなった21時20分頃終演。夜のルツェルンはすでにやや寒い。
総合評価:★★★☆☆