台北市立交響楽団マスターシリーズを、国立衛武営芸術文化センターコンサートホール(台湾高雄市)にて。

 

指揮:エリアフ・インバル

チェロ;ヴィクター・クー

バス:グリゴリー・シュカルパ

合唱:ミュラー室内合唱団(木樓合唱團)(合唱指揮:彭蒙賢 Meng-Hsien Peng)

 

ブロッホ:ヘブライ狂詩曲「シェロモ」

ショスタコーヴィチ:交響曲第13番変ロ短調「バビ・ヤール」

 

2018年10月にオープンした衛武営芸術文化センター(衛武営国家芸術文化中心)、フランシーン・フーベンによる斬新な設計の建物だ。私は2019年の秋にもここを訪れたが、そのときの演奏会はリサイタルホールだったので、コンサートホールで聴くのは今回が初めてとなる。

 

今回の地味な曲目を友人に話すと「そのために台湾まで?テンション上がらないね」と言われた。そのとおりだ。なんという地味なプログラムだろうか。2曲ともユダヤが題材という点では共通している。

 

前半のシェロモ、正直この曲以外ほぼ知られていないブロッホの傑作であり、実は2019年にインバル指揮都響でも演奏されていたのだ。(すっかり忘れていたが)これが名演だった。

https://ameblo.jp/takemitsu189/entry-12450320427.html

今回の台北市響との演奏、まずはオーケストラが「意外に」上手いのに驚いた。私がこのオケを聴いたのは今までたった1回、2019年インバルが振った「一千人」で、明らかに日本のオケよりも精度が落ちるな、と思ったのだ。しかしよく考えると、あのときは上海フィルとの合同演奏だったから、台北市響の正確な実力はわからなかったということかもしれない。

オケは比較的豊麗に鳴っていたのだが、台湾を拠点にしているフィリピン人チェリスト、ヴィクター・クーの音色が細くて深みに欠け、この曲にマッチしているとは言い難い。シェロモのチェロはもっと野性的に、ある意味粗野に鳴ってくれないといかんだろう。それにしても、エキゾチックな響きと独特の雰囲気は、さすがユダヤ系指揮者であるインバルならではのものであった。

 

後半はバビ・ヤール。ショスタコーヴィチの交響曲の中でも政治的メッセージが強く、バス独唱と男声合唱による、アジ演説とそれを取り巻く聴衆みたいな曲なので、正直あまりなじみがない曲ではある。初演時にはソビエト当局によって大変な妨害を受けた曲で、エフトゥシェンコの詩はどう考えても当局への批判に聞こえる。ロシアによる一方的なウクライナ侵攻がなされているという状況の今日、この曲を演奏する意義は大きいと言えよう。ちなみに題名のバビ・ヤールはナチスによるユダヤ人虐殺が行われたウクライナの峡谷の名前で、この曲の第1楽章で歌われているのだが、第2楽章以降には関係がない。

 

地味な内容ではあるが、いつもながらインバルのアプローチは説得力があるし、明快で極めてわかりやすくこの音楽を描いてくれるので、全く退屈することがなかった。繁体字中国語と英語の字幕が出たのは非常にありがたい。それにしてもインバルさん、あまりにお元気で音楽も全く弛緩しておらず、87歳とは到底思えない。

オケは金管が力強く豊麗で見事。木管も上手い(なんと、木管セクションは100%女性である)。弦もいい感じで低音が硬めの音色で鳴っているのがよい。第5楽章での平明な旋律を奏でたフルートや弦の柔らかな音がとても印象的。

 

バス独唱はグリゴリー・シュカルパ。シャープな美声ながらすべての音域の音がしっかりと聞こえ、とても迫力があった。そして合唱団が実に上手い!

 

オーケストラは16型。バス独唱は指揮台の左手、合唱団はサントリーホールで言うところのPブロックをつぶして配置されていた。ミュラー室内合唱団はかなりの歌唱水準で、今回の曲目だとユニゾンばかりでハーモニーがないので、そこの善し悪しはわからないのだが、アンサンブルの精度は高くかなりの団体だと思われる。

 

さて初めて聴いた衛武営のコンサートホールは客席約2000、ワインヤード形式のホールなのだが…このホール、ミューザ川崎シンフォニーホールに非常によく似ている!あまりに似ているので私はてっきりこのホールも豊田泰久氏による音響設計だと思っていたのだが、どこにも彼の名前はクレジットされていないので、恐らく関係ないのであろう。ほぼ全ての座席に屋根がないのもミューザに似ている。パイプオルガンはステージ左右の上に非対称で配置されているが、このオルガンはアジア最大だそうだ。

今回、私は2階センター1列目(ミューザで言うところの2CA1列目)で聴いたのだが、ミューザ同様2階1列目だとかなりステージが近く感じられ、金管などはやや音圧が強すぎて聞こえたかもしれない。残響はミューザのように減衰が早くないのでかなりたっぷりとした長めの残響になっていたが、サントリーホールほど響き過ぎないので、音が濁る心配がない。

この素晴らしいホールで、4月には衛武営国際音楽祭が開かれるそうだ。

https://www.npac-weiwuying.org/feature/normal/61a61211d970790007fe1a77?lang=zh

 

客の入りは曲目のせいか、まあまあで6、7割程度か?

ちなみに台湾も日本と同様、いまだに大半の人がマスクをしている(とても日本的だ)が、ホール内ではマスクをしていなくても注意されることは全くなかった。台湾に来てから私のノーマスクを注意してきたのは空港の税関職員と台湾鉄道職員のみ。

 

総合評価:★★★★☆