マリア・ジョアン・ピリス ピアノ・リサイタルを、サントリーホールにて(29日)。

 

シューベルト:ピアノ・ソナタ第13番 イ長調 Op. 120, D. 664

ドビュッシー:ベルガマスク組曲

シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D. 960

(アンコール)ドビュッシー;アラベスク第1番

 

2018年4月に日本で引退公演を行ったマリア・ジョアン・ピリス(ポルトガル語の発音だとピレシュが近い表記のようだが、ここでは主催者表記に従う)が、なぜかまたしてもリサイタルを行う。確か、当時引退の理由として、大きな箱で演奏するのがいやだというのがあったと記憶する。

引退後、ピリスは故国ポルトガルにベルガイシュ芸術文化センター(Belgais Center For Arts)を設立して、そこで少人数向けの演奏会をやっているという情報を得た。私は一度真剣にそこを訪問することを検討したことがあったのだが、確か週末のツアーみたいなのがあって、ピリスのリサイタルを聴いたあとに、ピリスを囲んで食事をする、というような内容だったと記憶する。

https://www.belgaiscenter.com/about 

しかし、今回のプログラムによれば、2018年の引退は当時のマネージャーと意見が合わなかったことが理由のようだ。実際、今回はサントリーホールと大阪のザ・シンフォニーホールという大きな箱でのリサイタルである。

 

今回のプログラム、彼女が得意とするシューベルトのソナタ2曲にはさまれて、ドビュッシーのベルガマスク組曲が組まれていたが、これは結構意外だった。彼女の録音のカタログをざっと眺めてみても、ドビュッシーは当時夫だったオーギュスタン・デュメイとのヴァイオリン・ソナタぐらいしかなく、実演でも「ピアノのために」という12分程度の曲を聴いたことしかない。

まずはその前半2曲目に演奏されたベルガマスク組曲。ピリスは毎度のことだが、響きがクリアな(一方、やや低音の深みに欠ける)ヤマハのピアノを使用しているということもあってか、普段聴くドビュッシーの演奏とはだいぶ印象が異なるものであった。音が空間にふわっと広がるというよりも、ハープのようにポロンポロンと鳴っているように聞こえる。フランスのピアニストが弾いたときのようなアクセントは聞こえないが、これはこれでとても素晴らしい演奏なのである。

 

シューベルトの13番、21番。聴いていて、本当に幸せな気分になる。ピリスの音は温かく慈愛に満ちていて、しっとりと美しく心にしみてくる音楽だ。そして、音に陰影がある。シューベルトの音楽は呼吸が非常に大事だと思うが、彼女のシューベルトは深く自然な息づかいが感じられるのである。

 

驚いたことにピリスは78歳。前回来日でもあったが、「この曲にこんな音あったっけ?」という場面がいくつかあったのも事実だ。しかしそうしたミスすら音楽的なのが彼女の演奏のすごいところなのである。

 

会場はほぼ満席で、意外に女性比率が高かった。D960の冒頭、音が始まる直前の静寂を破って、客席でスマホからであろう音楽が流れたのは非常に残念(ピリスはそのまま演奏を始めてしまった…)。先日のラン・ランのゴルトベルク変奏曲の最後のアリアでアラームが鳴ったのもそうだが、当事者から他の客に一人500円ぐらいずつ返金してもらいたいものである。

 

総合評価:★★★★☆