アンドリス・ネルソンス指揮ボストン交響楽団来日公演を、サントリーホールにて。

 

マーラー:交響曲第6番 イ短調

 

これはすごい演奏を聴いた!まさに壮絶!こんな壮絶で暗いマーラー6番は、今まで聴いたことがない。

全曲の演奏時間は90分超え。録音を調べる限り、この曲で90分を超える演奏は少なく、シノーポリ/フィルハーモニア管(93分)、テンシュテット/ロンドン・フィルのライヴ(91分)、ちょっと番外編で、私も実演を聴いたギーレン/南西ドイツ響のライヴ(94分、ただし拍手が2分半ある)などで、90分に近いのが最晩年のマゼール/フィルハーモニア管(89分)。

今回の演奏、最近の傾向に反して、第2楽章スケルツォ、第3楽章アンダンテという昔ながらの並び。そして、終楽章のハンマーは3回!ハンマー3回の演奏は録音ではバーンスタイン盤、実演ではアラン・ギルバートぐらいだろうか。

 

今回のネルソンスの演奏、ひとことで言えば、暗い。「悲劇的」という題名が付くぐらいだし、マーラーの交響曲のなかで唯一短調で終わるひときわ暗い曲なわけだが、今まで聴いたあらゆる演奏のなかでもとびきり暗く陰鬱な表現である。ボストン響のマッチョな音響でその陰鬱な表現をするのだから、そのインパクトは強烈だ。

 

2日前に大阪で聴いたショスタコーヴィチのときもそう思ったのだが、ネルソンスの表現は過去に比べて、前回来日時(5年前)に比べてさえも、かなり深化し変貌しつつあると言える。まだしゅっとしたスタイルで初々しいイメージだったころは、もう少し元気のよい指揮をしていたと記憶するのだが、今回の彼の指揮はある意味とても地味で、あまり大きなアクションを取ることもしない。その一方で、細部に至るまで非常にこだわり抜いた解釈を聞かせるようになったといえる。こうした演奏の傾向は、ひょっとしたら、彼がこの日最後にスピーチで語っていた、彼の故国のそばで起こっている戦争や、ここ3年のパンデミックなどが影響しているのかもしれない。わずかにこの2,3年で、人の死というものが以前に増して身近になってきていることの表れなのだろうか。

 

ステージ上にところ狭しと並んだオーケストラ、弦は15-12-13-10-9だったと思う。冒頭のチェロとコントラバスの引き締まっていてかつ強靱な刻みを聴いた瞬間に、今回の演奏が名演であることを予感できた。アルマの主題の弦セクションがこのうえなく豊穣だ。冒頭ではそれほど感じなかったが、第1楽章のテンポも全体として遅め。第2楽章にスケルツォが配置されているが…このスケルツォがこれまた重く、全然流れないのだ。第3楽章アンダンテ、言うまでもなく極めて深遠な表現。第4楽章、この楽章がもっとも遅くて重い。とにかく流れず、細部の表現が深く深く掘り起こされていくのだ。ハンマー3回目を経てエンディングに至る部分の音楽は壮絶を極め、最後はまさに英雄が打ちのめされて斃れるというイメージそのままであった。最後の一音に至る間がすごくて、その一音が終わった後の長い静寂もまた素晴らしかった。

 

オーケストラの音の密度は恐ろしく濃い。よく響くサントリーホールがデッドに聞こえるぐらいの音圧。前述の通り豊麗な弦の圧がすごいが、抜けるように通るトランペット、安定感あるホルンソロ、立体感とふくらみが素晴らしいトロンボーンとチューバ。木管は少し年齢層が高いが、濃い音である。第4楽章練習番号144の後のクラリネットが出を間違えてすぐ気付いたが、まあ、あのあたりは事故が多いところではある…打楽器セクションはかっこいいティンパニを始め快演。

 

この遅さでちゃんと音楽が成り立つのは、オーケストラがしっかりしなければなかなか厳しいであろう。それにしても、ネルソンスは芸風が変わった。

拍手がかなり起こったあとにネルソンスが英語で結構長いスピーチをした。最初はともかく後半は何を言っているのかよくわからなかったが、いずれにしても名演のあととしては、ちと長過ぎはしないか…

当然ながらソロ・カーテンコールあり。

この日の会場、若干の空席があったものの、チケット代が高い米国メジャーオケとしてはかなり入っていたと言える。

 

総合評価:★★★★★