藤田真央 ピアノ・リサイタルを、東京オペラシティコンサートホールにて。

 

モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第17番 変ロ長調 K. 570

シューベルト:3つのピアノ曲 D 946

* * *

ブラームス:主題と変奏 ニ短調 Op. 18b

クララ・シューマン:3つのロマンス Op. 21

ロベルト・シューマン:ピアノ・ソナタ 第2番 ト短調 Op. 22

(アンコール)

モーツァルト :ロンド K.485

ラヴェル:ハイドンの名によるメヌエット

バッハ: パルティータ 第3番 BWV1006よりガヴォット(ラフマニノフ編)

ブラームス :6つの小品 ロマンス Op.118-5

 

今回も圧倒されてしまった。やはり藤田真央は紛れもない天才だ!その演奏からは、気負いとかプレッシャーとかいうものが微塵も感じられなくて、まさに日本人離れしている。いや、彼は日本人なのではなく、ひょっとしたらよその星から来た宇宙人なのかもしれない。そう思わせるくらい、彼の演奏は我々凡人を圧倒するのである。

音色は作曲家や曲に応じて七変化するのであるが、基本的なバランスは決して崩すことがないし、音色が濁ることは全くありえない。絶妙なタッチ、これ以上ないくらいのハーモニーのバランス、考えてやっているのかもしれないのだが、おそらくこれは天賦の才能によるものであろう。

 

プログラム1曲目とアンコール1曲目のモーツァルト、なんと自由闊達な表現なのだろうか…そして、フェザータッチと言ってよいくらいに軽やかに宙を舞う音符たち…彼のモーツァルトは他の奏者を圧倒していると思う。ソニークラシカルの録音を早く聴いてみたいものだ。

2曲目のシューベルトは、つい先日アレクサンドル・メルニコフのリサイタルでも採り上げられた曲であるが、正直藤田真央の演奏の方が圧倒的にいい(メルニコフが不調だった可能性は高いのだが)。シューベルト最晩年(といっても31歳なのだが)の作品ゆえの翳を感じさせつつ、みずみずしさと情熱を兼ね備えた演奏が素晴らしかった。

 

後半はブラームス→そのブラームスが思慕したクララ→夫のロベルト という流れ。つい最近似たコンセプトのリサイタルに行ったな、と思ったのだが、まさに藤田真央の1月のリサイタルだった。今回のリサイタルは「アンコール公演」と題されていて、1月のリサイタルのあと同じプログラムで世界を回ったそうなのだが、後半のプログラムはそのまま、前半のプログラムを変更しての公演であった。そんなことも知らず、何も考えずに私は演奏会に通っていたわけである。

その今回のプログラム後半だが、1月にも増してクララの曲が素晴らしいと感じられた。彼女の作品はやはり夫ロベルトの影響が大きいが、夫に対する尊敬の念はもちろん、当時の女性としては破格なまでに内なる情熱がほとばしった作品である。終楽章のくっきりした旋律線がとても美しい。

藤田真央はアタッカでロベルトの作品を演奏した(前回もそうだったと思う)が、それゆえロベルトの驚くほど情熱的なソナタ1楽章が終わったところで拍手が起こってしまった。前回同様、ソナタ終楽章の熱い演奏は実に素晴らしかった。この曲はもやもやした旋律線が微妙にわかるところがシューマンらしいところなのだが、藤田真央の演奏だとそのもやもや感がなくて、驚くほど明快に聞こえるところがすごい。

 

アンコールは4曲でどれも嬉しくなるほど素晴らしい演奏だったが、私が最も感銘を受けたのはラフマニノフ編のバッハ。ブゾーニ編曲だと思いきやなんとラフマニノフ編曲で、無数の音がキラキラと輝きながらホール中を飛び跳ねる様子は、もちろん編曲のすごさもあるのだろうが、藤田真央のピアニズムがいかに幅広い表現力を有しているかを痛感させるものであった。

 

会場はほぼ満席で、女性の方が多い。私の数列前には、N響定期で来日中のマエストロ、クリストフ・エッシェンバッハと、共演者だったフルーティストのカラパノフが仲良く並ぶ姿が…その少し前にいらしたのは秋山和慶先生だったと思う。

東京オペラシティコンサートホール、クロークも再開しているし、普通にアルコール販売もしていて本当に嬉しい。

 

総合評価:★★★★☆