ミューザ川崎ホリデーアフタヌーンコンサート2021前期《雨の歌》
辻 彩奈 ヴァイオリン・リサイタル
ヴァイオリン:辻彩奈
ピアノ:江口玲
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第10番
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」
プロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ第2番
(アンコール)
パラディス:シチリアーノ
3月に続き、今日本人の若手ヴァイオリニストで著しい成長を見せる辻彩奈のリサイタル。連休中、なんと3日連続でミューザ川崎シンフォニーホールに通っている。東京では全てのコンサートが中止になっているので、どうしてもこうなるのだ。クラシックのコンサートなんて、みんな黙っているのだから感染なんてしないのに…
さて、辻彩奈の演奏が今回も素晴らしかったのであるが、私が今回最も驚いたのは実はピアノである。なので、まずはピアノの話から。
1曲目のベートーヴェンが始まり、江口玲が弾くピアノの音を聴いて、普段コンサートホールで聴くピアノの音とまるで違うことに驚いたのだ。どこかフォルテピアノのような古い音。低音は太く明確で、高音は独特の輝きを持っている。そして、ホール全体を大きく響かせるぐらいに豊かな音量だ。このピアノの側面をCB1列目から遠目に見ると、見慣れたスタインウェイのマークとは異なって見えた。
そんなわけで、休憩中にピアノのそばまで寄っていって観察すると…なんだ、Steinway&Sonsと書いてあるではないか。が、ロゴが普段見るスタインウェイのものと全く違うし、鍵盤側面の板の角が角張っている(ハンブルク・スタインウェイは丸みを帯びているのだ)。そう、通常コンサートホールに置いてあるハンブルク・スタインウェイではなく、これはホールに持ち込まれたニューヨーク・スタインウェイだ!音の印象からして、それもちょっと古い楽器だろうと推測された。
実はちょうど「スタインウェイ戦争 誰が日本のピアノ音楽界をだめにしたのか」(高木裕・大山真人著 洋泉社刊)を読了する直前であった。本の内容についてはここでは触れないが、この本を読んでいてぜひ古いニューヨーク・スタインウェイの音を聴いてみたいと思っていたところだったのだ(日本のコンサートホールに置かれているスタインウェイは、ほとんどがハンブルク・スタインウェイらしい)。
帰りの電車で残りの部分を読んでいたら、まさに最後の最後で江口玲が登場。ホロヴィッツが来日した際に弾いて感激したという1887年製のニューヨーク・スタインウェイ(キャピトル東急に置かれていたそうだ)を、カーネギーホールに持ち込んで録音する話が出てくるのだが…神奈川芸術協会のTwitterを見ていてさらにびっくり。今回江口玲が弾いたピアノが、まさにその1887年製、カーネギーホールがオープンしたときに置いてあったものだと書かれている。本当にこんなことがあるんだろうか?本に書かれていた古いニューヨーク・スタインウェイの音を聴いてみたい、という私の願望があっという間に実現してしまったことになる。
1887年製、どうりで古い音がするわけである。チャイコフスキーがこのピアノの音を聞いた可能性も、ラフマニノフがこのピアノを弾いた可能性もあるとか…
というわけで本題から大幅脱線したが、辻彩奈のソロについて。今回の3つのソナタ、アンコール前に彼女が語ったところによると、3曲とも初めて演奏する曲だったそうだ。
ベートーヴェンに関して言うと、3月のリサイタルで7番を弾いたときも思ったのだが、ちょっと踏み込みが足りないというか、表面的にはとても完成度が高く美しいのであるが、ベートーヴェンらしいところがないのである。
これに対して、2曲目のブラームスは秀逸であった。こちらも、ブラームスの重厚感というものはないのだが、伸びやかな歌がとても上品かつ明瞭に演奏されていた。
後半のプロコフィエフも実に素晴らしく、戦時中とは思えない明るい作風を、研ぎ澄まされた音色で表現。
辻彩奈、若手にしては、曲全体の構成というものをしっかりと把握してバランスの良い演奏ができるのが素晴らしいと思う。
アンコールは3月のリサイタルと同じ、パラディスのシチリアーノ。
全日の東響川崎定期同様、結構席が埋まっていた。
総合評価:★★★☆☆
