フランソワ=フレデリック・ギィ ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全曲演奏会〈第7回〉〈第8回〉〈第9回〉を武蔵野市民文化会館小ホールにて。

 

〈第7回〉

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ

 第25番 ト長調「かっこう」Op.79

 第24番 嬰へ長調「テレーゼ」Op.78

 第26番 変ホ長調「告別」Op.81a

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 第23番 ヘ短調「熱情」 Op.57

 

〈第8回〉

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ

 第30番 ホ長調 Op.109

 第31番 変イ長調 Op.110

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 第32番 ハ短調 Op.111

 

〈第9回〉

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ

 第27番 ホ短調 Op.90

 第28番 イ長調 Op.101

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 第29番 変ロ長調「ハンマークラヴィーア」Op.106  

(アンコール)ベートーヴェン:エリーゼのために

 

3週間全9回にわたって開催されたギィによるベートーヴェン ピアノ・ソナタ全曲演奏会の最後の3回。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタも、中期の後半から後期になってくると音楽の円熟度合いが極めて高くなってくるわけだが、その分演奏者の表現によって感動が左右されるのは言うまでもない。

 

最後の3回も土曜日2公演、日曜日1公演。ほぼ番号通りに進んできた今回の全曲演奏会であるが、最後の2回は順番が逆になっており、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ、いやあらゆるピアノ・ソナタの中の金字塔と言える超難曲「ハンマークラヴィーア」で締めくくられるという形を取っている。

それもそのはず、フランソワ=フレデリック・ギィは、ピアノ・ソナタ全曲録音も含めて都合3回も「ハンマークラヴィーア」を録音しているのである!3回もこの曲を録音しているピアニストは他にいるだろうか?彼が得意とするこの曲で全曲演奏会を締めくくろうという意図であろう。

 

実際、第9回の後半、全曲演奏会の最後に演奏された「ハンマークラヴィーア」の完成度は非常に高かった。冒頭のファンファーレからして、なんと華やかで確信に満ちた響きであろうか?!驚くべき構築力とバランスの良さで、45分近い大曲がちっとも長く感じられなかったのだ。長大な第3楽章の濃密な表現が素晴らしい。第4楽章は壮大な建築物を仰ぎ見るかのようなスケールの大きさを感じさせる。演奏後、ギィはソナタの譜面を持って登場、高く掲げて作曲者に敬意を表した。

これに比べると、第9回の前半に演奏された後期の最初のソナタである28番、私が大好きな曲なのだが、こちらはやや粗く精彩を欠くところがあったのは残念。

 

土曜日の夜、第8回に演奏された後期3大ソナタも、驚くべき緊張感に包まれた雰囲気の中、丁寧に音が紡がれた感動的な演奏であった。ギィのようなベートーヴェンのスペシャリストにとってもやはり、ベートーヴェンの創造性の到達点とも言うべきこの後期3大ソナタの存在感というのはただならぬものがあるだろう、かなりナーバスになっているように思われた。完成度は第30番が最も高く、第31番、第32番ではちょっと音が飛んでしまったところがあったけれど、それを感じさせないほどの名演であり、胸が熱くなってしまった。やはりベートーヴェンはすごい。客席の空気も張り詰めていて、楽章間でも誰も咳もせずノイズがない、というくらいの雰囲気であった。

 

土曜日の昼、第7回に演奏された4曲は全てタイトルが付いていたのだが、最後に演奏された超名曲「熱情」は火の玉のような熱く激しい演奏で、まさにほとばしる情熱が感じられた。

 

というわけで全9回のうち第1回を除く8回を聴いて、ベートーヴェンの偉大さを改めて感じた次第。この3週間、家から遠い武蔵野市民文化会館に通った甲斐があった。それにしても、交響曲全曲チクルス、弦楽四重奏曲全曲演奏会はプレイヤーが譜面を見て演奏できるし、一人で演奏するわけではないのでまだやりやすいだろうけれど、ピアノ・ソナタ全曲演奏会というのはかなりハードである。全ての曲を暗譜しなければならないし、誰にも助けられず、孤独に音楽に向き合わなければならないのだ。ギィの偉業に喝采。

 

総合評価:★★★★☆