東京・春・音楽祭-東京のオペラの森2018-東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.9《ローエングリン》(演奏会形式/字幕・映像付)を、東京文化会館にて(5日公演)。
■ 出演
指揮:ウルフ・シルマー
ローエングリン:クラウス・フロリアン・フォークト
エルザ:レジーネ・ハングラー
テルラムント:エギルス・シリンス
オルトルート:ペトラ・ラング
ハインリヒ王:アイン・アンガー
王の伝令:甲斐栄次郎
ブラバントの貴族:大槻孝志、髙梨英次郎、青山 貴、狩野賢一
小姓:今野沙知恵、中須美喜、杉山由紀、中山茉莉
管弦楽:NHK交響楽団(ゲストコンサートマスター:ライナー・キュッヒル)
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:トーマス・ラング、宮松重紀
音楽コーチ:トーマス・ラウスマン
映像:田村吾郎(RamAir.LLC)
早いもので、ついこないだの東京・春・音楽祭「神々の黄昏」からあっという間に1年が過ぎ、今年もその時期がやってきた。
毎年のことながら、素晴らしい歌手陣による素晴らしい上演!日本でこれだけのワーグナーが聴けるようになったとは…
そう思う一方で、オーケストラの音については多少の物足りなさが残った。いや、N響はいつも通り上手いのであるが、2014年から4年続いたマレク・ヤノフスキの指揮とゲストコンサートマスター、ライナー・キュッヒルによる「ニーベルンクの指環」の、あの豊かで強靱な低音とコク・キレがある響きは影を潜めている。シルマーが作るワーグナーの音楽は、低音がすっきりとしたスマートな響きで、これは普段定期演奏会で聴くN響の音に近い。オケ、合唱、独唱のバランスも、私が聴いた場所(1階前方やや右寄り)のせいなのかどうかわからないが、若干の甘さが感じられた。
そして、ここぞというところで迫力に欠けたのはなぜなのだろうか。そう、各幕のエンディングで「終わった感」がなかったのだ。特に第3幕のエンディング、こういう言い方はお下品だとは思うが、なんとも言えない残尿感がある。
帰ってから、ヤノフスキ指揮ベルリン放送響によるライヴ録音(タイトルロールはフォークト)の第3幕を聴いたが、やはりもう少し緊迫感があると思う。
歌手の水準は高いが、今回のような演奏会形式だと、どの程度役柄に習熟しているかということがはっきりわかってしまうから残酷と言えば残酷。
エルザ役のハングラー(昨年の「神々の黄昏」のグートルーネ役)はリリカルでありながら声の太さも持っている点がとてもいいのであるが、譜面にかぶり付いている状態で表情に乏しいから、音楽までそう聞こえてしまう。
これはテルラムント伯役の名ワーグナー歌手シリンスについても同じ。ヤノフスキが振った東京・春の「指環」で歌ったヴォータンはそつなくこなしていたが、テルラムントは慣れていないのか、譜面にしがみついている感じだ。シリンスの声はバス・バリトンとしてはちょっと線が細いのでこの悪役に向かないと最初は思っていたのだが、よくよく考えるとこの役、悪妻のオルトルートに唆されてエルザを告発するわけだし、そもそもが臆病な役柄だと考えればシリンスのような細めで繊細な声が向いているとも言える。ちなみに第2幕、ローエングリンを告発するシーンで一箇所乱れたように見えたが気のせいか。
その悪妻オルトルート役、ペトラ・ラングは見た目もうオルトルートそのもの!完全に役に同一化している。譜面はもちろん見ることなく完璧に演技していたし、何より存在感が強烈だ。第1幕など、歌う場面はほとんどないのに、もう存在しているだけで強烈なオーラを発している。そもそも顔がやたら怖い。声はややキンキンしているけれど、これは彼女の超当たり役だろう。
私が感心したのは、国王ハインリヒを歌ったアイン・アンガー。今まで彼の声で領主ヘルマン、フンディング、ファフナー、ハーゲンと名脇役を聴いてきたが、今回の国王役も、堂々たる風格と押し出しで素晴らしい声を聴くことができた。この人も譜面を見ていたけれど、演技できていたと思う。
実はとても大事な伝令役の甲斐栄次郎は非常に安定した見事な歌唱。とにかく、手堅い。ウィーン国立歌劇場のカヴァー歌手として年中スタンバイしていたというだけあって、この人は何を歌っても安定しているのがすごい。
そして、タイトルロールのクラウス・フロリアン・フォークト!彼のローエングリン、新国立劇場で2回、バイロイトで3回聴いていて、ビロードのような質感で、英雄的な美声ではあるが、ちょっと単調なところもあってそろそろ飽きが来たかな…と思っていたのだが、終わってみればやはり彼の歌が一番素晴らしい!フォークトのワーグナー、ローエングリンと、「マイスタージンガー」のヴァルターが最も声質に合い、「ワルキューレ」のジークムントもかなりいいが、タンホイザーはあまり合っていないというのが私の感想だ。
東京オペラシンガーズの合唱はいつもながら素晴らしいのだが、今回はいい意味で日本の合唱らしくないのがよかったと思う。ぴったりと整ったきれいさではないのだ。個々の歌手の個性がぶつかり合っているかのような、でこぼこした手触りがとても素晴らしかった。
東京・春・音楽祭のワーグナー公演では毎回舞台後方に映像が映し出されるが、今回は田村吾郎氏の映像演出。極めてオーソドックスでほぼ静止画に近いが、音楽を邪魔しないし、作品の雰囲気に相応しいものである。
それにしても1850年に初演されたこの作品(指名手配されてスイスに亡命中の作曲者は初演に立ち会っていない)、今更ながら驚くべき傑作だ。私は第2幕の「エルザの大聖堂への入場」の音楽がことのほか好きだ。これほど感動的な音楽がほかにあるだろうか…
ゲストコンサートマスターは前ウィーン・フィルのコンサートマスター、ライナー・キュッヒル氏。第1幕前奏曲の冒頭から、もう彼の音が余りに際立って浮き出て聞こえてくるが、ちょっとウィーン・フィルを聴いているような錯覚に陥るところもある。音程はまあ、ちょっと微妙なところもあるが。弦は16型、通常配置。
ウルフ・シルマー、そばで見ると彼がウィーン国立歌劇場でアシスタントを務めたロリン・マゼールにとても似ている…いや、指揮姿というよりも、顔が似ているのである。
木曜日の17時開演ながら、客席はかなり埋まっている。17時開演、休憩各30分で2回、終演は21時25分。
総合評価:★★★★☆

