マティアス・ゲルネのバリトン、マルクス・ヒンターホイザーのピアノで、シューベルト「冬の旅」を、サントリーホールにて。

 

予想通り、素晴らしい演奏!

バイエルン国立歌劇場来日公演で、「タンホイザー」の素晴らしいヴォルフラムを歌い、NHK音楽祭では感動的なマーラーの「子どもの不思議な角笛」を歌ったゲルネ。あれから3週間経っているが、ずっと日本にいて遊んでいたのだろうかと思いきや、彼のウェブサイトを見るといったんドイツに帰って「子どもの不思議な角笛」などを歌い、13、14日はソウルでソウル・フィルとワーグナーのアリアを歌っていた。さすがに現代最高のバリトンは忙しい。

 

今日の「冬の旅」、ゲルネは深々とした素晴らしい美声で、傷ついた青年の苦悩を切々と歌いあげる。特に感動的だったのは、菩提樹、休息、春の夢、郵便馬車、村で、宿、辻音楽師あたりか。ささやくような声から、サントリーホール全体を揺るがすほどの迫力ある声まで自由自在に調節することができるのはすごい。サントリーホールはリートの演奏会にはやや大き過ぎるきらいはあるが、ゲルネの場合決して大き過ぎるハコではないのかもしれない。

 

それにしても、このミュラーの詞の主人公、まあ簡単に言えば好きだった女の子が金持ちと結婚してしまって失意のどん底で旅に出ているわけだが、そこまで引きずるか?というくらい暗い奴だ。この歌詞に共感を覚え、わかるよ、わかる、と言う思いもあるものの、どっかで醒めた目で見ている自分がいる。太宰治の後期の小説と同様に、もうちょっと若いときだったらもう少し共感できたのかもしれない…

しかし、この作品はただ失恋の苦悩だけではなく、社会からの疎外、というテーマも扱っているので、そのあたりは結構共感できるところがあるかもしれない。「郵便馬車」で「お前宛の手紙などあるわけないのに、どうして変に胸が痛くなるのか、ぼくの心よ!」という歌詞。メールはもちろん、LINEやフェイスブックの着信をチェックしまくっている現代人には、この歌詞は結構共感できるのではなかろうか??

 

ピアノはマルクス・ヒンターホイザー。元々は、N響定期で来日中のクリストフ・エッシェンバッハがピアノを弾くはずだったのだが、指の故障で残念ながらキャンセル。しかしこの代役のヒンターホイザーのピアノがとても素晴らしかった。実に繊細なタッチでこの作品の哀しげな空気を見事に表現していたのだ。この人、ザルツブルク音楽祭の芸術監督を務めているほどなのだが、全然そういうタイプに見えない…

 

日曜日19時開演のサントリーホールということと、エッシェンバッハが弾かなくなったことでキャンセルがあったからなのか、客席は結構空いている。もともとPブロックは売っていないのだが、LA、RAブロックにも空席が目立っていた。

それにしても私の周りはノイズだらけで残念。辻音楽師の余韻をぶち壊して真っ先に拍手をした輩は私の2列前にいたオタク風のデブだった。

 

総合評価:★★★★☆