クシシュトフ・ウルバンスキ指揮NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団(ハンブルク北ドイツ放送交響楽団)の来日公演をミューザ川崎シンフォニーホールにて。

 

ベートーヴェン:序曲「レオノーレ」第3番 ハ長調 Op.72b 

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 Op.37<ピアノ:アリス=紗良・オット>

(アンコール)グリーク:ペール・ギュント〜山の魔王の宮殿にて

R.シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」 Op.30

(アンコール)ワーグナー:ローエングリン〜第3幕への前奏曲(トスカニーニ・エンディング)

 

 

ドイツでは21世紀になって名称を変更するオーケストラが多いようだ。明日から来日公演を行うベルリン・コンツェルトハウス管はかつてベルリン交響楽団(旧東ドイツ)と称していたし、パーヴォ・ヤルヴィがシェフを務めたhr響はかつてフランクフルト放送響と称していた。そして、このNDRエルプフィルハーモニー管はかつて北ドイツ放送響と言われていた名門オケである。2017 年、ハンブルクにエルプフィルハーモニーという素晴らしいコンサートホールが誕生し、そこを本拠地とするオケがこのエルプフィルハーモニー管というわけである。

しかしホールが誕生してまだ間もないので、今回我々が聴くこのオケの音は今までの本拠地であったライスハレで育まれた音だと考えるのが自然かもしれない。今後、新ホールでの演奏を重ねることによってこのオケの音もまた、変貌を遂げていくことだろう。

このオケは戦後、ハンス・シュミット=イッセルシュテット、クラウス・テンシュテット、そしてあのギュンター・ヴァントなどの名匠に薫陶を受けたオケだ。現在の首席指揮者はトーマス・ヘンゲルブロック。前回2015年はヘンゲルブロックとの来日公演だったが、今回は首席客演指揮者ウルバンスキとの来日である。日本での人気を考えれば、確かにヘンゲルブロックよりもウルバンスキであろう。

ちなみに現在でもこのオケのメンバーの多くがヴァントへの思いを強く持っているそうだ。私がヴァントの演奏を唯一聴くことができたのは、2000年の来日公演におけるブルックナー9番。このときのオケが、今日のエルプフィルであった。

その後2007年は巨匠クリストフ・フォン・ドホナーニ、2015年はヘンゲルブロックとの来日公演を聴いたが、オーケストラの印象としては、今回の来日公演が一番強烈である。

なんと骨太で重厚なサウンドなのだろう…!先日のオーチャードホールでもそれは感じたのだが、ミューザ川崎のすっきりしたアコースティックだと一層それが強く感じられる。ブラームスが生まれた北ドイツのハンブルク、私は行ったことがないのだが、一年中曇りと雨が多い陰鬱な気候だと聞く。まさにそういう土地の気候を感じさせるような重くどっしりした音である。

その一方でウルバンスキの指揮は流線型で、慣習にとらわれない清新なアプローチ。首席客演指揮者を務めた東響では彼の意図がかなり明確になっていて、指揮者:オケの個性のバランスが8対2ぐらいだったのだが、ウルバンスキとエルプフィルは指揮者:オケの個性のバランスが5対5ぐらいに聞こえる。

 

さて、オーチャードホールはロシア・東欧系の音楽だったが、今日はドイツ音楽である。

 

冒頭に演奏されたレオノーレ序曲第3番。重厚な音ながら、ウルバンスキの誰にも影響されていないであろう新鮮な解釈を聴くことができた。大臣の到着を告げるトランペットは3階か4階のホール外側からであろうか。1回目はかすかに聞こえる程度だったが、2回目の吹奏はドアを開けてだったのか、かなり大きな音で聞こえた。そうしたところもウルバンスキならではの演出だろう。そして、コーダの第1ヴァイオリンのパッセージ、最初の音は一番前のプルトのみで演奏させ、徐々に後ろのプルトを加勢して音量を増していったのだが、こういうやり方は初めて聴いた。

 

続いて演奏されたピアノ協奏曲第3番、アリス=紗良・オットの解釈は極めてオーソドックスではあるが、ウルバンスキの解釈同様既存の慣習から切り離されたアプローチである。アリスの音、たまにちょっと異音が混じるのは気になったけれど…ささやくような弱音は実に美しい。

ウルバンスキは第1楽章が終わった後指揮棒を下ろさなかったので、長い静寂を維持したまま賛美歌のような美しい第2楽章が始まった。第2楽章の後も通例通りパウゼがなかったので、結果として全曲アタッカで通したような形になった。

アリスのアンコールは「山の魔王の宮殿にて」。昨年9月のリサイタルでもこれがアンコールだった。アリス・イン・ワンダーランドというDGから出ているアルバムの収録曲である。CDもさぞ売れたことだろう。この曲でアリスは、右足で拍子を取っていたので素足であることがはっきりわかった。

 

後半はツァラトゥストラ。オケの音が重厚であるのは言うまでもないのだが、ウルバンスキの解釈によって響きがすっきりとクリアに保たれていたのが印象的だった。オルガンは舞台右手に置かれたコンソールによって演奏されたが、オルガンに限らず極めて分離がよく抜けのよい音がしたのだ。決してがなりたてることがなく、メーターの針が振り切れないのはいかにもウルバンスキらしい。弦のフォアシュピーラーの音色が実に見事。シックで暗めの管楽器も素晴らしい。

後半のチューブラーベル、レオノーレにおけるトランペットと同じく3階か4階の方から聞こえてきた。

 

アンコールはローエングリン第3幕への前奏曲。前回、ヘンゲルブロックとの来日時もこれがアンコールだったが、そのときと同じくトスカニーニ・エンディングヴァージョン。禁問の動機が高らかに歌われて終わるものだ。

終演後のウルバンスキに対するソロ・カーテンコールあり。

 

オケは16型対向配置、協奏曲は14型。前半のティンパニは、オーチャード公演同様新日本フィルの近藤高顕氏。エルプフィルのティンパニ首席は10年間1人しかおらずもう一人は空席だそうだ。後半ティンパニを叩いた首席キュルリス氏とは、ベルリン・フィルのオスヴァルト・フォーグラーに学んだ同門らしい。

 

総合評価:★★★★☆