マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団来日公演最終日(サントリーホール)。

 

ベートーヴェン: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.61(Vn:ギル・シャハム)

(アンコール)クライスラー:美しきロスマリン

 

ストラヴィンスキー: 組曲『火の鳥』(1945)

(アンコール)

グリーグ:過ぎた春

エルガー:野生の熊たち

 

ヤンソンス&バイエルンの日本最終公演。今回の3つのプログラムのうち、今回のプログラムは1回のみの公演である。

 

前半のベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、今年もう実演で何度聴いたかわからないくらいだが、シャハムのまるで絹糸のような美音に酔わされる演奏!シャハムのヴァイオリンの音が、オケのビロードのようで明るく抜けの良い音とよく溶け合っている。

この曲ではやはり木管の音色が大変重要であるが、ラモン・オルテガ・ケロのオーボエ、エベルハルト・マーシャルのファゴットは特に伸びやかでベートーヴェンの最も充実していた時期の音楽にふさわしい幸福感あふれる音色であった。

カデンツァが誰のものかよくわからないが、第2楽章の最後から第3楽章にかけてのソロにはティンパニが加わっていた。また、第3楽章では装飾音を付けたりとやや自由な印象。

アンコール、何名か奏者がステージに加わり、オケ伴奏付のクライスラーが演奏された。

 

後半は火の鳥。驚くほどの色彩感にあふれ、ヤンソンスらしくエンディングでの高揚感が素晴らしい演奏!こういう曲をやったときのヤンソンスの手腕は並々ならぬものがある。

しかし「凶悪な踊り」におけるテンポは遅めで、昔に比べるとヤンソンスの表現はやはり丸くなっているのかもしれない。

この曲は終曲の冒頭のソロを含め、ホルンが極めて重要な役割を果たすが、ソロを吹いたデュフィンの音は驚異的。どうしてホルンでこんなささやくような音が出せるのだろうか?王女たちのロンドにおけるケロの美しいソロは神業だ。子守歌におけるマーシャルのファゴットソロも秀逸。

今回の火の鳥、1945年版。個人的にはなじみの薄いバージョンであり、昨年ウルバンスキ指揮東京交響楽団の定期で初めてこの1945年版を聴いた。組曲では最も演奏頻度の多い1919年版よりも曲数が多く長いが、2管編成であることは変わりない。最も特徴的なのは、終曲で執拗に繰り返される主題が最後に登場する部分がスタッカートのように鋭く音を切って演奏される点である。

最後のロングトーンの余韻が完全に消えたところで、やっと盛大な拍手とブラボーがわき起こったのは素晴らしかった。

 

アンコールの1曲目は弦だけで演奏される「過ぎた春」。長きにわたってノルウェーのオスロ・フィルの音楽監督を務めたヤンソンス、アンコールにノルウェーの作曲家グリークを持ってくることが多く、「ソルヴェイグの歌」や「山の魔王の宮殿にて」も過去の来日公演のアンコールで採り上げている。

前日のマーラーのときと同様、ヤンソンスが聴衆の拍手を手拍子に誘導し、会場全体が手拍子に切り替わった。

1曲目のアンコールのあと、ヤンソンスが袖に引っ込んだときものすごい音が聞こえて会場が凍り付き、拍手が完全に止んでしまうというハプニングがあった。私のいたLAブロックからは全く見えなかったのだが、なんとヤンソンスが転倒したのだ。

しかし、すぐにマエストロは指揮台に戻ってきてシュワルツェネッガーのように両腕でガッツポーズを取って、大丈夫だよ!と聴衆にアピール。すぐにエルガーの曲を演奏したのだが…あの歳での転倒は、あとを引くのではないか?かなり心配である。明日(11月30日)から台湾で3公演、その後ソウルで2公演演奏することになっているが、大丈夫だろうか?

 

オケが引いた後、やはりヤンソンスへのソロ・カーテンコールあり。顔色は悪くて心配だったけれど素晴らしい演奏を聴かせてくれたマエストロに感謝。