ズービン・メータ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団来日公演を、ミューザ川崎シンフォニーホールにて。

 

モーツァルト:ドン・ジョヴァンニ K527 序曲

ドビュッシー:交響詩「海」−3つの交響的スケッチ

シューベルト:交響曲第8番ハ長調D944「グレイト」

(アンコール)ドヴォルザーク:スラヴ舞曲第8番

 

東京公演は全てサントリーホールで行われるウィーン・フィルの来日公演。

あまり響き過ぎない素晴らしい音響を誇るミューザでの公演があるのは大変にありがたい。もちろん、ミューザは彼らの本拠地であるウィーン楽友協会大ホールとは全く違う響きであるが、このホールだとオーケストラの本来の音色をクリアに聞くことができるのだ。

 

冒頭はドン・ジョヴァンニ序曲。エンディングに、地獄落ちの後の部分が加えられているバージョンである。この大好きな序曲をウィーン・フィルの音で聴いていると、これからこのオペラが始まるあのうきうきした感覚がよみがえってくる…さすがは歌劇場のオーケストラ。

 

続いて演奏されたのは「海」。16型対向配置。金曜日にサントリーホールでも聴いたプログラムだ…その上、ノット/東響の「海」を土曜日にミューザ川崎、日曜日午後に東京オペラシティで聴いたので、この週末なんと都合4回もこの曲を聴いたことになる…

この日のミューザでの演奏、基本的にはサントリーにおける演奏と変わりはないのだが、ミューザで聴いた方がオーケストラの「色」や「香り」がよくわかった気がする。​このオケの上質なベルベットの手触り、熟成された赤ワインのような芳醇な香りはさすが世界最高のオケである!フランスのオケがこの曲をやったときのようなぱっと目を引くような色彩感とは全く違っていて、シックで格調高く、奥ゆかしく、品格があるのだ。

それにしても、ノット/東響の「海」とは本当に、まるで違う曲を聴いているかのようだ。前日に同じミューザ川崎のほぼ同じ場所で聴いているのに、ここまで違う印象を受けるとは!

東響の音も美しいが、ヨーロッパの長い伝統のあるオーケストラに比べるとやはり色彩は淡い。ウィーン・フィルが赤ワインだとしたら、日本のオケは日本酒といったところか?どちらにも味わいの深さがあることに変わりはないが、熟成度の深さはワインといえるだろうか?

まあそれはいいとして、指揮者の特質も全く違う。今回の「海」はメータのように緩めの指揮者だからうまくいったのかもしれない。このオケは、自発性を尊重して適度に手綱を引っ張る指揮者が似合っている。ノットもオーケストラの自発性を尊重する指揮者ではあるが、あれだけ流麗に細かい棒を捌く指揮者だと、ウィーン・フィルは逆に反応しないのではないか?

 

後半はシューベルトの「グレイト」。これが予想以上に素晴らしい演奏で、感激してしまった!

驚いたことに、指揮台の周りに8人の木管奏者が配置されている。その後ろに14型対向配置の弦、舞台最後列にトランペットとトロンボーン、その前列にホルン、ティンパニが左手奥という配置。

木管を舞台の一番前に配置したことで管楽器の協奏交響曲のようなテイストになったのだが、この曲で大変重要な木管にスポットライトを当てるこのやり方はなかなか面白くて、あまり聞こえないようなフレーズが聞こえるのも面白い。ウィーン・フィルの木管のふっくらとした味わい、言うまでもないが素晴らしい。そして、冒頭のホルンも!やはりシューベルトはウィーンの作曲家なのである。

この「グレイト」、つい先日インバル/都響で、ベートーヴェンのように重厚で立派な演奏を聴いたばかり。しかしメータの演奏はこれまた全く違っていて、正直指揮者がいるのかいないのかわからないくらい、まるで室内楽を聴いているような演奏だった。

それでも、メータは随所で絶妙な指示を出してはいたのだ。第4楽章で左手の第1ヴァイオリン、右手の第2ヴァイオリンがフレーズを橋渡しするところで、第1ヴァイオリンに指示を出した後、客席のほうを向いて180度回転して第2ヴァイオリンに指示を出していたのは驚いた…こういうパフォーマンス的なことをする人だったっけ?

 

アンコール、打楽器奏者の一人がトライアングルを手にしていたことから私は即座に曲目を予想したが、当たり。スラヴ舞曲第8番だった。

オーケストラ本来の素晴らしい美質が引き出された今日の演奏に喝采は絶えず、メータのソロ・カーテンコールとなった。