ウィーン・フォルクスオーパー来日公演を、東京文化会館にて。演目はヨハン・シュトラウス「こうもり」。

演出: ハインツ・ツェドニク
舞台装置: パンテリス・デッシラス
合唱指揮: トーマス・ベトヒャー
アイゼンシュタイン: イェルク・シュナイダー
ロザリンデ: メルバ・ラモス
アデーレ: ベアーテ・リッター
イーダ: マルティナ・ドラーク
ファルケ博士: マルコ・ディ・サピア
オルロフスキー公爵: アンゲリカ・キルヒシュラーガー
アルフレート: ライナー・トロスト
イワン: ハインツ・フィツカ
フランク: クルト・シュライプマイヤー
ブリント博士: ボリス・エダー
フロッシュ: ロベルト・マイヤー

ウィーン・フォルクスオーパー管弦楽団、ウィーン・フォルクスオーパー合唱団、
ウィーン国立バレエ団

私は基本的にオペレッタを観ないが、この「こうもり」は別。クラオタの間では、「こうもり」はオペレッタのなかでは別格とされている。同じウィーンでも、フォルクスオーパーより「格上」のシュターツオーパーが唯一取り上げるオペレッタであり(しかも年末年始のみ)、オペレッタを振らない大指揮者でも、この曲だけは振ったりするのである。そして、私の世代のクラオタにとって、この曲はカルロス・クライバーの名演で決まりなのだ。私は残念ながらクライバーの実演を聴けなかったが、ドイツ・グラモフォンから出ている録音や、二種の映像(特にバイエルン国立歌劇場の映像は最高である)では、クライバーらしい鮮血がほとばしるような鋭さとウィーン情緒あふれる美しさが共存していて、何度聴いてもしびれる。

今日の公演、演出は名歌手ハインツ・ツェドニク。2012年のフォルクスオーパー来日公演も、新国立劇場における「こうもり」も彼の演出ゆえ、もう何度観たことかわからないぐらい観ている舞台だ。しかし、同じストーリー、同じ舞台、同じギャグにもかかわらず、何度観ても笑ってしまう。第3幕でフロッシュがアルフレートに「お前どこの歌劇場で歌っているんだ?」と聞くくだりは、フォルクスオーパーでも新国立劇場でも同じ。

歌手で知っているのは、オルロフスキー役の名歌手キルヒシュラーガーと、アルフレート役のライナー・トロストのみで、あとは聞いたことのない名前だ。
アデーレ役は当初アニヤ=ニーナ・バーマンの予定だったが、交通事故でベアーテ・リッターに変更。リッターは2012年のフォルクスオーパー来日公演でも同役を歌ったが、そのときも今日も、全ての歌手のなかで彼女の歌がベストである。抜群の安定感とよく通る声。
キルヒシュラーガーがオルロフスキーを演ずるとは思わなかったが、やはり彼女の演技はこういう役でも品が感じられる。しかし歌に関しては、オルロフスキーに合っているかどうかは疑問。私にとって一番のオルロフスキーは、シュターツオーパーで観たときのガブリエーレ・ジーマだったが、彼女はつい先日若くして亡くなってしまった…
アルフレート役はトロスト。かつて大活躍した名歌手ながら、正直盛りは過ぎているだろう。この役としては、もう少し明るく伸びやかな声が欲しかった。
性格的に素晴らしいと思ったのはアイゼンシュタインとフロッシュ。もっとも、フロッシュはそれなりの役者がやれば確実に受けるが、今日のポイントは演じたマイヤーがこのフォルクスオーパーの総裁であるということ。前述の「お前どこの歌劇場で歌っているんだ?」というくだりのギャグが実に冴えるが、観ていない方もいるだろうからこの辺にしておく。マイヤーは前回来日時もフロッシュを演じた。
ロザリンデ役ラモスはもう少し声が全声域にわたりまんべんなく出るといいのだが。

指揮はアルフレッド・エシュヴェ。新国立劇場でも「こうもり」を振っているからおなじみの指揮者だが、今日の指揮はやや重めでリズムのキレがいまひとつ。
オケの音は実に素朴。こういう音を聴くと、かつてのハプスブルク帝国の首都ウィーンが「大いなる田舎」であることがよくわかる。シュターツオーパーでこのオペレッタをやると、ぐっと洗練されて抑制された美しさがあるのだが、フォルクスオーパーはいい意味でとても庶民的な風合い。アンサンブルもちょっと緩いのがまたいい。

こうもりの公演初日であるが、客席はかなりの空席がある。私は5階Lサイドの安席だったが、そこから見る限り、3階Rサイドはほとんど人がいないくらいだった。