内田光子ピアノ・リサイタルをサントリーホールにて。

シューベルト: 4つの即興曲 op.90 D899
ベートーヴェン: ディアベッリのワルツの主題による33の変奏曲 ハ長調 op.120

素晴らしい!内田光子の演奏会、何を聴いてもすごいのはメゾソプラノの藤村実穂子さんに通じる。両者とも、海外を拠点に活動し、世界的に著名な演奏家。
海外を拠点として活躍していた多くの日本人演奏家が、ある時点からは国内を拠点に活動するのとは対照的に、いつまでも全世界を舞台として活躍して行こうという姿勢がこのふたりに共通している。そのための努力も、おそらく並大抵のものではあるまい。

内田光子さんの演奏は常に凜とした空気がただよっていて、ある意味近寄りがたい。聴き手であるこちら側が、居住まいを正さないといけない雰囲気がある。
しかし。この日前半のシューベルトの即興曲、内田さんの十八番であるが、凜とした空気のなかにも、とても温かいものを感じたのだ。安らぎと言ったらいいだろうか。
とことん研ぎ澄まされ磨き抜かれた美音は相変わらずだ。聴いていて、とても居心地がいい。しかしかつての内田さんと比べると、心境の変化があったのだろうか、あるいは日本人としてヨーロッパ音楽を極める者の気負いみたいなものが徐々に薄らいできて、さらに自然体の音楽になってきたのではないだろうか。

私の個人的な感想で言うと、内田さんはシューベルトが圧倒的によくて、その次はモーツァルト。そして、その後に来るのがベートーヴェンとシューマンだ。しかしこの日後半に演奏されたベートーヴェンのディアベリ、これは本当にすごい演奏だったのである。

ディアベリ、当時の出版社兼作曲家が書いた主題は、正直とてもダサい。ベートーヴェン自身が「不器用な切れ端」と呼んでいたそうな。しかし、このしょうもない主題がなぜあの33の驚異的に素晴らしい変奏曲を生み出したのか。考えるにつけ、ベートーヴェンという作曲家のあまりの偉大さに胸が熱くなってしまうくらいなのだ。
冒頭の主題のダサさ、続く第1主題の行進曲の人を食ったような音楽。ベートーヴェンがいかにこの主題をさげすんでいたかがわかるような音楽なのであるが、その後の変奏は驚異的である。22変奏でモーツァルトが出てくるのは有名であるが、なぜあの「ドン・ジョヴァンニ」の音楽がディアベリの変奏なのか全く理解できない。そして、その後の変奏におけるフーガはまさにバッハ。この曲がベートーヴェンの後期3大ソナタの後に書かれた音楽だということを知ると本当に驚異だが、その後期ソナタの楽想を思わせるロマンティックな音楽も随所に聞かれる。
こうしたこの音楽の幅広さを、内田光子さんは余すところなく完璧に表現していた。この曲に占める、ベートーヴェンの諧謔精神や深遠さも、モーツァルトの才気や躍動感も、バッハの崇高も、全てが高次元で調和してひとつの音楽になっているのがすごい。

後半は皇后陛下ご臨席。