大野和士音楽監督就任記念公演2、第787回定期演奏会Aシリーズを東京文化会館にて。曲目はマーラーの交響曲第7番ホ短調。
私は聴いていないが先週のシュニトケ、ベートーヴェンに続く就任記念公演。前任の音楽監督であるエリアフ・インバルがマーラーのスペシャリストであったことを考えると、就任記念公演でマーラーを、しかも最も扱いにくい7番を持ってくるあたり、大変な自信の表れというか、挑戦と言えるのではないだろうか?
大野がそれだけの気合いを込めたであろう今日の公演、実際非常にレベルが高いものだったと思う。
ただ、前任の監督であるインバル&都響のマーラー演奏の印象があまりにも強い私としては、やはりどうしてもインバルの演奏と比べて聴いてしまうのだ。
今日の演奏、都響の演奏の随所にまだインバルの薫陶を受けた痕跡が残っている。しかしながら、音楽の作り方はかなり違っていたと思う。
インバルの、宗教的確信とも言うべき絶対的な自信に満ちた演奏と異なり、大野の音楽にインバルほどの濃厚さはない。音はきちんと鳴っているけれど、低音はインバルよりもずっとすっきりしていてむしろ淡泊ですらある。基本的には極めてオーソドックスな解釈と言って良く、マーラーの交響曲の中で最も理解しづらいと言われるこの交響曲のくどさが緩和されていたかもしれない。
オーソドックスな解釈の中でも最も印象的だったのが第3楽章。やや速めのテンポで押すことによってグロテスクさを増し、なかなか尖った表現になっていたと思う。
終楽章はインバルのようにエンディングに頂点を持って行くような演奏ではなく、最初から最後まで均等な力加減。そのようなわけで終結部の祝祭的高揚感はそれほどではなかったと思う。
オケはやはり今日も極めてレベルが高い。若杉、アツモン、ベルティーニ、インバルといった指揮者の薫陶を受け、マーラー演奏にかけては日本で最も卓越しているこのオケならではの演奏水準だった。金管が大活躍する曲であるが、第5楽章の最後に至るまでばてることも荒れることもなく水準を維持したのはさすがである。各パートに基本、首席が2人ずつ配置されていた。16型通常配置。コンマスは山本友重。
客席は満席に近い。いつものことだが、都響の聴衆は極めてマナーが良く、ほとんどノイズがなかったと言っていいくらいだ。フィナーレが終わったあとも、しっかり残響が消えてからやっと拍手が始まる。空気が読めない輩がいないというのは本当にありがたい。

私は聴いていないが先週のシュニトケ、ベートーヴェンに続く就任記念公演。前任の音楽監督であるエリアフ・インバルがマーラーのスペシャリストであったことを考えると、就任記念公演でマーラーを、しかも最も扱いにくい7番を持ってくるあたり、大変な自信の表れというか、挑戦と言えるのではないだろうか?
大野がそれだけの気合いを込めたであろう今日の公演、実際非常にレベルが高いものだったと思う。
ただ、前任の監督であるインバル&都響のマーラー演奏の印象があまりにも強い私としては、やはりどうしてもインバルの演奏と比べて聴いてしまうのだ。
今日の演奏、都響の演奏の随所にまだインバルの薫陶を受けた痕跡が残っている。しかしながら、音楽の作り方はかなり違っていたと思う。
インバルの、宗教的確信とも言うべき絶対的な自信に満ちた演奏と異なり、大野の音楽にインバルほどの濃厚さはない。音はきちんと鳴っているけれど、低音はインバルよりもずっとすっきりしていてむしろ淡泊ですらある。基本的には極めてオーソドックスな解釈と言って良く、マーラーの交響曲の中で最も理解しづらいと言われるこの交響曲のくどさが緩和されていたかもしれない。
オーソドックスな解釈の中でも最も印象的だったのが第3楽章。やや速めのテンポで押すことによってグロテスクさを増し、なかなか尖った表現になっていたと思う。
終楽章はインバルのようにエンディングに頂点を持って行くような演奏ではなく、最初から最後まで均等な力加減。そのようなわけで終結部の祝祭的高揚感はそれほどではなかったと思う。
オケはやはり今日も極めてレベルが高い。若杉、アツモン、ベルティーニ、インバルといった指揮者の薫陶を受け、マーラー演奏にかけては日本で最も卓越しているこのオケならではの演奏水準だった。金管が大活躍する曲であるが、第5楽章の最後に至るまでばてることも荒れることもなく水準を維持したのはさすがである。各パートに基本、首席が2人ずつ配置されていた。16型通常配置。コンマスは山本友重。
客席は満席に近い。いつものことだが、都響の聴衆は極めてマナーが良く、ほとんどノイズがなかったと言っていいくらいだ。フィナーレが終わったあとも、しっかり残響が消えてからやっと拍手が始まる。空気が読めない輩がいないというのは本当にありがたい。
