ザ・プロデューサー・シリーズ 木戸敏郎がひらく 「21世紀の応答」をサントリーホールにて。

カールハインツ・シュトックハウゼン: オペラ『リヒト』から「火曜日」第1幕 歴年(1979)<日本初演> (洋楽器版・深新演出)(音楽監督=カチンカ・パスフィーア  演出:佐藤信)
天使:鈴木准
悪魔:松平敬
シンセサイザー:鈴木隆太、白石准、高橋ドレミ
ピッコロフルート:井原和子、斎藤和志、齋藤光晴
ソプラノサックス:大石将紀、江川良子、冨岡祐子
アンヴィル:岩見玲奈
ボンゴ:村居勲
バスドラム:山本貢大
ギター:山田岳
レフェリー:高橋淳
舞人:清水寛二(銕仙会)、武内靖彦(舞踏家)、竹屋啓子(舞踊家)、松島誠(パフォーマー)
助演:宮崎恵司、光田圭亮、實光崇浩、黒田真史、子役、他

三輪眞弘: 59049年カウンター(2014) <世界初演/サントリー芸術財団委嘱>

国立劇場の木戸敏郎氏がシュトックハウゼンに委嘱した「暦年」。雅楽によるこの作品、1977年の初演当時相当な酷評をされたようである。実際、その後この作品は今回(2014年)まで演奏されなかったのである。当時の経緯等は下記の記事に詳しい。
http://ooipiano.exblog.jp/17327697/ 
シュトックハウゼンはこの「暦年」を作曲した際、雅楽の楽器で演奏される譜面をそのまま洋楽器で演奏できるようにしていた。龍笛=ピッコロ、フルート、琵琶=ギター、といった具合に。この洋楽版「暦年」は、7つの曜日からなるオペラ「リヒト」の火曜日の第1幕となっている。ちなみにオペラ「リヒト」は全曲演奏に29時間かかるということ。ワーグナーの「ニーベルンクの指環」よりも長い。
今回の企画では、雅楽版と洋楽版の双方が演奏されたので、やはりこれは双方を観ることに意義があると思われるが、私は雅楽版の日は予定があったので洋楽版のみ観た。

舞台上には2014という数字が書かれていて、1000の位、100の位、10の位、1の位それぞれに1人ずついる舞人はそれぞれの数字の上を動く。時間の経過を数えるというコンセプトなので、1の位の舞人は絶えず4の数字の上を行ったり来たりする反面、1000の位の舞人の動きは非常にのろい。舞台の後方にはその4つのグループごとに奏者が3人くらいずついて、その後ろにはまた4桁の数字のカウンターが置かれていて、こちらは西暦0年から曲の最後に初演された1977年まで変わっていく。さらにその背後にはモニターが置かれていて、海上から見たコンビナート、水田、夜の道路の動画が流れるがその意味は不明。
花束を持った男、料理とコックが現れたり、バイクに乗ったライオンが現れたり、全裸の女(と台詞では言っていたが実際は水着を着ていた)が現れたり、シュトックハウゼンの肖像画が描かれた10,000,000円札のプラカードを持った少女が現れたり…舞台上で起こっていることの大半は意味不明だ。
しかしながら流れている音楽そのものは、もともと雅楽のための音楽であるからだろうか、テンポがゆったりとしていて聴きやすいものである。LAブロックとRAブロックに立って歌う(いずれもマイク使用)天使と悪魔、彼らのドイツ語歌詞は後方のモニターに映し出されるので何を言っているのかがよくわかる。レフェリーは舞台上でやはりマイクを付けて歌う。この3人の歌手はいずれも好演で、レフェリー役高橋淳氏の美声は健在である。
演出家は1階客席のセンターに位置して、譜面を見ながら機材をいじっていた。あれだけのグループの分かれた奏者と歌手が指揮者なしで完璧に演奏をこなしたのが不思議だったが、演出家が何らかの指示をしていたのかもしれない。

というわけで、意味はよくわからないながらよく出来た作品であることだけはわかる。雅楽版が観られなかったのが悔やまれる。

なぜ今回のメインであるこの「暦年」が最初に演奏されたかわからなかったのであるが、後半演奏された三輪眞弘の作品、こちらは「暦年」を受けてサントリー音楽財団が委嘱した作品とのこと。奏者は前半とかなりダブっている。
前半と同じ舞台で桁ごとに奏者がいるのは変わらない。舞台上の人々(歌手2名含む)はみなカッパのようなもので身を包んでいるが、後方のカウンターは2011年を指していることから、原発の除染作業員を想起させる。
音楽は、舞台上にいる奏者がお手玉のようなもの(音はマラカスの音)でリズムを取り、奏者はそれに合わせて単純音型を反復するミニマルミュージックのようなもので、正直陳腐である。コンセプト倒れといったところだろうか。歌手は何か短冊のようなものを歌うごとに投げ捨てていて、何か歌詞が書いてあるのかもしれないが、全く聞き取れなかった。