バイロイト音楽祭、「タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦」(たまには正式名称で書いてみました)をバイロイト祝祭劇場にて(8月18日)。
指揮:アクセル・コーバー
演出:セバスティアン・バウムガルテン
領主へルマン:クヮンチュル・ユン
タンホイザー:トルステン・ケルル
ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ:マルクス・アイヒェ
ヴァルター:ローター・オディニウス
ビテロルフ:トーマス・イェザトコ
ハインリヒ:ステファン・ハイバッハ
ラインマル:ライナー・ツァウン
エリーザベト:カミラ・ニールント
ヴェーヌス:ミケーレ・ブリート
牧童:カティヤ・ステューバー

バウムガルテン演出によるタンホイザーは2011年にプルミエを迎え今年は4年目の公演。バイロイトの演出、通常最低5年は上演されるものであるが、この演出は不人気ゆえ今回で打ち切りになるという噂をあちこちで聞く。
既にあちこちでいろいろな方がこの演出について述べられているので、これ以上私が書くことはない。
実は私、2012年、2013年とこの演出を観てきて、わけがわからないながらもそれなりに意味を見出していたつもりであった。
しかし、今回この演出がどうも受け入れられなくなったのは、自分自身の心境の変化か、年をとって保守化したからか…ワーグナーの音楽に深く感動しつつ、斬新な演出の意味を考えるということが同時にできなくなったのかもしれない。
せっかく素晴しい歌手たちが歌っているのに、その歌手たちの動作が誰ひとりとしてまともではないのである。特にエリーザベトの意味不明な手の動きはせっかくの歌の感興を削ぐものだ。カストルフの「指環」同様、細かい部分は結構凝って作られているが、どうやら深い意味や伏線はなさそうである。夕星の歌も、舞台上で周りがガチャガチャとうるさくて鑑賞の邪魔。「ドイツの劇場ではオペラは目をつぶって聴くべし」ということをおっしゃる方がいるそうだが、今回はそれを強く感じた。

さて、歌手であるがやはりエリーザベト役のカミラ・ニールントが気品を感じさせる名唱で最高!リリカルかつドラマティックな声質はこの役にぴったりである。
タイトル役のトルステン・ケルル、第1幕はちょっと高域が苦しそうに感じられ、第1幕の幕切れではやや声がかすれてしまったもののその後持ち直し、第3幕の葛藤シーンでのドラマティックな表現力は見事であった。ちょっとくぐもったような感じの声のテノールである。
領主へルマン役のクヮンチュル・ユン、ここでも圧倒的な存在感を示している。演出上領主にしては結構動き回ることが多く、今までの役柄のイメージとはだいぶ違っていた。
ヴェーヌス役のミケーレ・ブリート、昨年私が観たときは足の怪我により声のみの参加だった。ヴェーヌスにしては小柄であるが、声の太さと迫力は圧倒的だ。
ヴォルフラム役のアイヒェ、比較的シャープで引き締まった声。夕星(ゆうつづ)の歌、舞台上の妙な演出に邪魔されないよう、半分は目をつぶっていたが、素晴しかった。
牧童役のステューバー、歌唱は少ないがとても澄み切ったいい声。演出上はなぜか第2幕も第3幕も出演するので、存在感は抜群である。

アクセル・コーバーの指揮は極めて手堅く、第2幕の行進曲など豪華絢爛さはなく、ちょっとぬるいところもあるのだが、第3幕の後半に向けて音楽をクライマックスに持って行く手腕はさすがである。経歴を見るといわゆる歌劇場叩き上げの指揮者のようで、2009年にはライン・ドイツ・オペラの音楽総監督に指名されたとのこと。このタンホイザーのプロダクション、当初は古楽系のヘンゲルブロックが指揮台に立っていたのだがキャンセル、2012年はありがたいことにティーレマンが振ったのであるが、その翌年からコーバーにバトンタッチされた。バイロイトでは、地味ながら手堅く音楽を作り上げる姿勢の指揮者は結構評価されるらしく、ぱっと思い浮かぶところではペーター・シュナイダー、セバスティアン・ヴァイグレなども同じ系統だろうか。こういう指揮者は日本では人気がないが、年齢を重ねるとともに大家として尊敬を集めることになる。いずれこのコーバーも来日することになるだろう。カーテンコールに現れたコーバー、いかにも実直で温厚そうなタイプの指揮者である。なお来年のバイロイトでは「オランダ人」を振ることが決まっているようだ。

第3幕終了後かなりのブーイングが聞こえたが、もちろんこれは演出に対するものである。カーテンコールは5分強で、前日のローエングリンの15分がいかに長かったか、ということになろう。16時開演、21時過ぎ終演。

これで私の今年の3日間の滞在は終了。カストルフのリングは当面観なくてもよい。まあ、音は聴きたいのであるが。来年の目玉はティーレマンの「トリスタンとイゾルデ」なのだが、なんと演出はバイロイト音楽祭総裁のカタリーナ・ワーグナーである…この人が総裁のうちは、実験的なトンデモ演出が続くのではなかろうか。カタリーナの演出、前回の「マイスタージンガー」がひどかったので実に不安である。