東京芸術劇場シアターオペラvol.7
J.シュトラウス 喜歌劇「こうもり」全幕。
演出:佐藤美晴
脚本:アンティ・キャロン
アイゼンシュタイン(証券ディーラー):ペーター・ボーディング(Bar)
ロザリンデ(日本人の妻):小川里美(Sop)
アデーレ(家政婦):小林沙羅(Sop)
ファルケ(証券ディーラー):セバスティアン・ハウプマン(Bar)
ブリント(日本人の弁護士):新海康仁(Ten)
フランク(警部):妻屋秀和(Bs)
オルロフスキー(イベントプロデューサー):タマラ・グーラ(Mez)
アルフレード(ファッションデザイナー):ジョン・健・ヌッツォ(Ten)
フロッシュ(警部補):西村雅彦(俳優)
2幕のスペシャルゲスト:メラニー・ホリディ
指揮:ハンス・リヒター
管弦楽:東京交響楽団
コーラス:武蔵野音楽大学(東京)
今日の公演。こうもりは私の大好きなオペレッタであるが、満足度で言うと、うーん…というところである。
まず、ホール。今日の公演は東京芸術劇場主催公演であるからこういうことを言ってはいけないのかもしれないが、あまりに音響がひどい。
1階の前方の座席をとっぱらって即席オケピットを作り、本来の舞台上に舞台セットを設置してそこで歌手が歌っていたのであるが、10型の小編成オケは音が拡散していたし、歌手の声は上手いのかどうなのかまるでわからないくらいに混濁していたのだ。特に三重唱くらいになると混濁の上にアインザッツもよくわからない状態。
舞台上の可動式反響板をかなり降ろしていたように見えたが、それでももやもや感は拭えず。そのうえ、どういうわけか舞台上からは空調のような風切り音が絶えず聞こえ、ピアニッシモが台無しだ。
指揮は1950年生まれのドイツの指揮者、ハンス・リヒター。ブラームスの交響曲やワーグナーの指環の初演をした、あの歴史上の指揮者ハンス・リヒターのひ孫だそうだ。見た目インパクトある風貌であるが、音楽はいたってノーマル。いや、クライバーのこうもりで耳が慣れた私の世代にとっては、ノーマルというよりは、テンポの面でもデュナーミクの面でもメリハリに欠けていた。特に最初のうちはオケとの呼吸がいまいちであったが、徐々に改善していったか。
それにしてもドイツ人指揮者が日本のオケを振ってウィンナ・ワルツを振ると、やっぱりどこか違うのである。オケは美しいが10型ゆえやや薄めか。
歌手は前述の通り、混濁したホールゆえ上手いのかどうなのかよくわからないのだが、アルフレード役ジョン健ヌッツォ、あの事件以来ほとんど名前を忘れていたが美声はまずまず健在。
ロザリンデ役小川里美、今回の演出では元モデル役で、その通りのすらりとしたスタイルが印象的。歌唱はやや硬めで、もう少し柔軟性があるといいのだが。
アデーレ役小林沙羅はこの役らしい可憐さがあってコロラトゥーラはさすがであるが、演技力はまずまずか。
アイゼンシュタイン役ボーディング、ファルケ役ハウプマン、外国人歌手としてはまずまずの水準ではあるが、特段印象的というわけでもない。
オルロフスキー役グーラ、声はいいがインパクトはない。
フランク役妻屋秀和、今や新国立劇場では顔といっていい存在。今日はなかなかいい演技を見せてもらったけれど、やはり本場で観るこのオペレッタでのフランクと比較するとちょっと違和感はある。
フロッシュ役の名優、西村雅彦はとてもいい味を出していてよかった。最近の時事ネタを使うのは、本場ウィーンで上演されるこうもりと同じ。
そして第2幕のガラ・パフォーマンスに出演したのはオペレッタの女王、メラニー・ホリディ!ホリディ、ウィーンで大活躍したスターなのであっちの人だと勝手に思っていたが、この人は生粋のアメリカ人、しかもミス・テキサスだったのである。もう相当なおばあちゃんであるが、彼女が登場すると舞台の雰囲気がいっぺんに変わるのはやはりスターだからなのであろう。その彼女が、ウィンナ・ワルツの指揮者・作曲家として高名なロベルト・シュトルツ(1880-1975)の「プラーター公園は花盛り」を歌ったのだ!しかしあの年齢でまさかあんなに脚を上げるとは…
個人的にはバーンスタインのキャンディードのアリアあたりを歌って欲しかったが…
今日の演出は佐藤美晴。舞台を現代の東京に移した読み替え演出、台詞はドイツ語だけでなく日本語も混じる。着想自体は面白いのだが、それ以上何か深い含蓄がある演出ではない。正直に言って、あまりにも薄っぺらい。アイゼンシュタインとファルケは証券ディーラーだそうだが、その意味するところは全く不明確。ロザリンデが元モデル、アルフレードがデザイナーというのも大した意味があるとも思えず。正直、この演出であれば演奏会形式で十分である。
J.シュトラウス 喜歌劇「こうもり」全幕。
演出:佐藤美晴
脚本:アンティ・キャロン
アイゼンシュタイン(証券ディーラー):ペーター・ボーディング(Bar)
ロザリンデ(日本人の妻):小川里美(Sop)
アデーレ(家政婦):小林沙羅(Sop)
ファルケ(証券ディーラー):セバスティアン・ハウプマン(Bar)
ブリント(日本人の弁護士):新海康仁(Ten)
フランク(警部):妻屋秀和(Bs)
オルロフスキー(イベントプロデューサー):タマラ・グーラ(Mez)
アルフレード(ファッションデザイナー):ジョン・健・ヌッツォ(Ten)
フロッシュ(警部補):西村雅彦(俳優)
2幕のスペシャルゲスト:メラニー・ホリディ
指揮:ハンス・リヒター
管弦楽:東京交響楽団
コーラス:武蔵野音楽大学(東京)
今日の公演。こうもりは私の大好きなオペレッタであるが、満足度で言うと、うーん…というところである。
まず、ホール。今日の公演は東京芸術劇場主催公演であるからこういうことを言ってはいけないのかもしれないが、あまりに音響がひどい。
1階の前方の座席をとっぱらって即席オケピットを作り、本来の舞台上に舞台セットを設置してそこで歌手が歌っていたのであるが、10型の小編成オケは音が拡散していたし、歌手の声は上手いのかどうなのかまるでわからないくらいに混濁していたのだ。特に三重唱くらいになると混濁の上にアインザッツもよくわからない状態。
舞台上の可動式反響板をかなり降ろしていたように見えたが、それでももやもや感は拭えず。そのうえ、どういうわけか舞台上からは空調のような風切り音が絶えず聞こえ、ピアニッシモが台無しだ。
指揮は1950年生まれのドイツの指揮者、ハンス・リヒター。ブラームスの交響曲やワーグナーの指環の初演をした、あの歴史上の指揮者ハンス・リヒターのひ孫だそうだ。見た目インパクトある風貌であるが、音楽はいたってノーマル。いや、クライバーのこうもりで耳が慣れた私の世代にとっては、ノーマルというよりは、テンポの面でもデュナーミクの面でもメリハリに欠けていた。特に最初のうちはオケとの呼吸がいまいちであったが、徐々に改善していったか。
それにしてもドイツ人指揮者が日本のオケを振ってウィンナ・ワルツを振ると、やっぱりどこか違うのである。オケは美しいが10型ゆえやや薄めか。
歌手は前述の通り、混濁したホールゆえ上手いのかどうなのかよくわからないのだが、アルフレード役ジョン健ヌッツォ、あの事件以来ほとんど名前を忘れていたが美声はまずまず健在。
ロザリンデ役小川里美、今回の演出では元モデル役で、その通りのすらりとしたスタイルが印象的。歌唱はやや硬めで、もう少し柔軟性があるといいのだが。
アデーレ役小林沙羅はこの役らしい可憐さがあってコロラトゥーラはさすがであるが、演技力はまずまずか。
アイゼンシュタイン役ボーディング、ファルケ役ハウプマン、外国人歌手としてはまずまずの水準ではあるが、特段印象的というわけでもない。
オルロフスキー役グーラ、声はいいがインパクトはない。
フランク役妻屋秀和、今や新国立劇場では顔といっていい存在。今日はなかなかいい演技を見せてもらったけれど、やはり本場で観るこのオペレッタでのフランクと比較するとちょっと違和感はある。
フロッシュ役の名優、西村雅彦はとてもいい味を出していてよかった。最近の時事ネタを使うのは、本場ウィーンで上演されるこうもりと同じ。
そして第2幕のガラ・パフォーマンスに出演したのはオペレッタの女王、メラニー・ホリディ!ホリディ、ウィーンで大活躍したスターなのであっちの人だと勝手に思っていたが、この人は生粋のアメリカ人、しかもミス・テキサスだったのである。もう相当なおばあちゃんであるが、彼女が登場すると舞台の雰囲気がいっぺんに変わるのはやはりスターだからなのであろう。その彼女が、ウィンナ・ワルツの指揮者・作曲家として高名なロベルト・シュトルツ(1880-1975)の「プラーター公園は花盛り」を歌ったのだ!しかしあの年齢でまさかあんなに脚を上げるとは…
個人的にはバーンスタインのキャンディードのアリアあたりを歌って欲しかったが…
今日の演出は佐藤美晴。舞台を現代の東京に移した読み替え演出、台詞はドイツ語だけでなく日本語も混じる。着想自体は面白いのだが、それ以上何か深い含蓄がある演出ではない。正直に言って、あまりにも薄っぺらい。アイゼンシュタインとファルケは証券ディーラーだそうだが、その意味するところは全く不明確。ロザリンデが元モデル、アルフレードがデザイナーというのも大した意味があるとも思えず。正直、この演出であれば演奏会形式で十分である。