ワーグナー「タンホイザー」(ドレスデン版)を、神奈川県民ホールにて(2日目)。
演出・ミヒャエル・ハンペ
沼尻竜典指揮神奈川フィルハーモニー管弦楽団
びわ湖ホール声楽アンサンブル、二期会合唱団
領主ヘルマン:妻屋秀和
タンホイザー:福井敬
エリーザベト:安藤赴美子
ヴェーヌス:小山由美
ヴォルフラム:黒田博
ヴァルター:松浦健
ハインリヒ:二塚直紀
ビテロルフ:萩原潤
ラインマル:山下浩司
牧童:森季子

タンホイザー、先日新国立劇場で上演された「さまよえるオランダ人」の次のワーグナーの作品で、同じ「救済」というモティーフを持つが、オランダ人よりもずっとストーリーはわかりやすく違和感がない。

今日の上演は、神奈川県民ホールとびわ湖ホールが、東京二期会とともに制作したものである。ちなみに私が知る限り、関西でオペラを観るならびわ湖ホール。関東でオペラを観るなら、新国立劇場、東京文化会館、そして神奈川県民ホールだ。びわ湖ホールはアコースティック、客席、ホール外のびわ湖の眺望などを考えるとオペラを観るには大変に素晴らしいホール。一方、神奈川県民ホールもホワイエから山下公園と海を見ることができるし、横に広い舞台はザルツブルク祝祭劇場のようで、チケット代の安い3階(特に左右の前方にせり出したあたり)で聴く音は音圧もそこそこあるし、クリアで全ての音が手に取るように聞こえるのだ。

今日の上演、まずまずの聞き応えと言ったところだろうか。この公演が私の席(3階右のせり出した前方)で、7,000円で聴けるなら安いというべきであろう。正直、注文を付けたくなるところはたくさんある。こういうことを言うのも野暮だが、もしも、もしも仮にこの上演をバイロイトでやったなら、やたらこだわりがある多くの客から相当数のブーイングが飛ぶであろう。
日本人によるオペラ上演のレベルは大変に高くなっていると確信を持って言えるが、ことワーグナーに関してはまだまだ改善の余地がある。歌手に関して言うと、いわゆるワーグナー歌手の驚異的な体力、声量、気迫、そういったものが多くの歌手には不足しているのだ。オケも然り。先日の新国立劇場「オランダ人」における東響もそうだったが、地の底からわき上がるうねりが感じられないのだ。今日の神奈川フィル、私は昨年金聖響の指揮でマーラー9番を聴いたことしかないが、少なくとも今日の演奏は音が軽すぎる。個々のプレーヤーがどうこういうのではなくて、オケ全体として音が乾いていて、スコップでえぐるような深さとか、エロティシズムがないのである。もっともこうした音の軽さは最近のワーグナー演奏の潮流なのかもしれない。メルクル、ナガノ、アルミンク、ルイージ、こうした人たちの演奏もすっきり系だし…
ちなみに全体のアンサンブルはきっちりまとまっていて、沼尻の指揮は信頼に足るものであったし、第2幕でタンホイザーがエキサイトしてヴェーヌスブルクを口走るところの音楽の緊迫感などは素晴らしかった。

歌手、タンホイザー役の福井敬はさすがに声量もあるし存在感はあるが、声がややくぐもった感じでつまり気味。いつも聴く彼の晴れ渡る青空のような声とはちょっと違っていたし、どうもイタリアオペラのような違和感があったのも事実。ヴェーヌスの小山、今日のキャストでは、だいぶ前とはいえこの人が唯一バイロイト出演経験がある人だ。この人の歌はさすがに本場を感じさせてくれる。エリーザベト役の安藤、美しくすっきりとリリカルだが、芯は細め。ヴォルフラムも声は美しいが押し出しはまあまあ、素晴らしい「夕星(ゆうずつ)の歌」もまずまずだった。ちなみにこの「夕星の歌」、今まで実演で聴いたなかでは、故ホルスト・シュタインがウィーンのシュターツオパーを振ったときのヴァイクイルの歌唱が忘れられなくて、特に、旋律を奏でる実質ウィーンフィルのチェロの音色を聴いたら、もう涙が止まらなくなったことを覚えている。ちょっと今日のチェロは、薄い…。合唱はとても美しかった。

最後に演出。ハンペの演出は非常にオーソドックスで、奇をてらうところが皆無。彼自身インタビューで、「演出家たるものは謙虚に仕えねばならない」と言っているとおり、音楽をまったく邪魔することがないもので、実は私、こういうごくごく普通の演出が好きだということを最近気づいたのだ。彼はカラヤンが晩年「ドン・ジョヴァンニ」をザルツブルク音楽祭で上演したときの演出家である。