内田光子のピアノリサイタルをサントリーホールにて。シューベルトの傑作、後期3大ソナタ、D958、D959、D960の3曲。


サントリーホールで平日、リサイタルをやるといえば、7時開演と固く信じて思い込んでいた私がいけない。そう、いけないのは私なのである。チケットの券面も見てなかったし、ホールのスケジュールもよく見ていなかった。


でも、せめてチケットに「開演時間にご注意ください」くらい、なんで書いてないんだ…

と八つ当たりもしたくなるというもの。私の事務所はホールから徒歩3分。午後6時から既に事務所にいたにもかかわらず、6時半になってもまだのんきに仕事していたのだ(違うか)。


そんなわけで、ホールに到着して、ホール前に全く人気がなかったときは愕然。あまりの出来事に、もう頭が真っ白でございました。こういう日に限って、座席が1列目のピアノの目の前という最高の席なのだ。


というわけで、期待していたD958は聴けず…


2曲目のD959、先日も聴いたけど、何度聴いても彼女のシューベルトは素晴らしい。やり場のない怒りも、彼女のシューベルトを聴いているうちにあっという間に静まってきた。


休憩をはさんでのD960、私がシューベルトの音楽のなかでも最も好きな曲と言っていいと思う。そして、内田光子の演奏が、その中でも一番好きなのだ。彼女のD960のCDはもう何度聞いているかわからないくらい。


今日の演奏も、静かに始まる冒頭の和音から心をわしづかみにされる。この冒頭、他の誰の演奏とも違う。音が凛として張り詰めていながら、それでいて暖かい音。ハーモニーが、これ以上のバランスがないというくらい絶妙で最適なのだ。第2楽章のアンダンテ・ソステヌートのなんとはかなく、美しいこと!この音楽を書いたとき、シューベルトは既に死を悟っていたに違いない。一音一音が、これ以上ないくらい完璧に配置されている。消え入るようなピアニッシモ、泣ける。きらきらとして走るような第3楽章、道化のような第4楽章も、一見明るいながらとても悲しい。そのことを、内田さんの演奏は実によく感じさせてくれるのだ。


目の前で聴いていて、前回のリサイタルとは比べものにならないくらい、内田さんが疲れ切っていることがよくわかった。特に挨拶しているときは前回と全然印象が違う。これだけの大作3曲を一晩で弾くのだから無理もないだろう。思えば、ピアニストというのは華やかに見えるが非常に孤独な職業だ。こんな大作を暗譜して、2000人の前で披露するために、たった一人でシューベルトに向き合って葛藤するのだ。やはり、並の人間では勤まらない。