ティル・フェルナーのベートーヴェンソナタ全曲チクルスの第5回(トッパンホール)。

曲目は

ソナタ第12番「葬送」、13番、14番「月光」、22番、21番「ヴァルトシュタイン」。


フェルナーのベートーヴェン、今回も言葉にならないくらい素晴らしく、完成度が高い。いつもながら、一定の様式がきちんと守られており、その枠の中で自由に生き生きと音楽を奏でる姿がとてもいい。彼の歩き方、演奏の姿勢、Mrビーンのような顔立ち、すべて端正であるが、音楽にもそれがはっきり現れている。ちょっと話は飛躍するが、俳句の五七五の世界に通じるような印象がある。

こうしたフェルナーの音楽は、ポリーニのようなアプローチとはまさに対局にある。ポリーニのベートーヴェンは、モダン・ピアノの機能を極限まで追求するとともに、弾き手としての技術もとことん極めるタイプの演奏だが、フェルナーの演奏はそれに比べると実にモデレートであり、いわゆるかっこいい演奏ではない。例えば、性能があまりよくない当時の楽器を用いて演奏してもそれなりに感動するはずの演奏である。ポリーニの演奏を、当時のエラールとかで聴いたらいまいちなんじゃないかと思う。


今日の曲目、中期の傑作がそろっていて聴き応えがあった。14番はピアノを習い始めの頃練習して、1楽章はまあまあ弾けるが、2楽章あたりから怪しくなって、3楽章は全く手も足も出ず、という感じだった。ヴァルトシュタインは、ポリーニのめちゃくちゃかっこいいCDの演奏を聴いてものすごく弾きたくなって、電子ピアノで練習したので、そんな古い話ではないが、1楽章も展開部あたりから怪しくなって、2楽章はまあ緩徐楽章だから割と弾けるが、やはり3楽章は文字通り手も足も出ないというところだった。ヴァルトシュタインの3楽章のコーダ、いわゆる「オクターブ・グリッサンド」、私の席からはよく見えなかったけど、フェルナーは両手で弾いていたと思われる。ポリーニは片手で弾いていた。化け物だ。とにかく、ヴァルトシュタインのせいぜい1楽章をばりばり弾けるようになれたら…


次のチクルスは4月24日、9、10、8「悲愴」、11、26「告別」。最後は10月24日で後期3大ソナタ!フェルナーは絶対に期待を裏切らない。


そもそも12月19日の公演予定だったが、フェルナーがインフルエンザで来日中止になり、その代替公演が今日だった。