現代最高のピアニスト、ピエール=ロラン・エマールのリサイタル(東京オペラシティコンサートホール)。曲目は
ドビュッシー:ベルガマスク組曲
ベンジャミン:ピアノ・フィギュアズ
シュトックハウゼン:ピアノ曲
ベートーヴェン:「エロイカ」の主題による15の変奏曲とフーガ op.35
以下、アンコール
リゲティ : ムジカ・リチェルカータ 1番
クルターク : 子供の戯れ より 2番
シューベルト : 3つのレントラー
シェーンベルク : 6つの小品 op.19
ブーレーズ : ノタシオン より 4曲
ショパン : 子守歌
私はかねてより、エマールが現代最高に位置するピアニストであると友人・知人に言っているのであるが、今日もそれが間違っていないことを確信させられた。本当に、ものすごいし、すばらしい演奏である!
エマールほど、音のひとつひとつを繊細に磨き上げるピアニストはいないと思う。当初現代音楽をメインに演奏していたピアニストだけあって、音の強弱のグラデーションや、音の長さの設定など、通常のピアニストよりもはるかに精緻である。このようにミクロ的部分もすばらしいが、曲全体のバランスとか、そういったマクロ的部分もとても理知的に考え抜かれている。鉄人ピアニストだ。
そんな極めて精緻なアプローチによるドビュッシーが悪かろうはずもなく、ベルガマスクは音の粒立ちの良さはもちろん、リズムの処理もさすが。
続くベンジャミン(1960~英)のピアノ・フィギュアズは、子供のための10曲からなる小品集であるが、「子供のため」というのは子供が聴くためだと思う。これを弾ける子供はそういないだろう。メシアンに師事したということで、終曲などメシアンの影響も見て取れるが、全体にとても親しみやすい音楽だ。エマールの演奏が実に鮮やかで切れ味がよい。
後半のシュトックハウゼン(1928~2007)のピアノ曲IX、以前ポリーニの来日公演で聴いたことがあるが、記憶にない。エマールの演奏、これがまた精緻の極みである。プログラムによると、拍子に「フィボナッチの数列」が用いられているということであるが、何のことやらわからない。ネットで調べたら、0,1,1,2,3,5,8,13,21,34…と、どの項も前の2項の和になっているとのこと。事前に言われても、聴いていてその意味はわからないだろう。この曲も不協和音が極めて美しい。
最後のベートーヴェンのエロイカ変奏曲、10年前にカシオーリの演奏を聴いたことがあるが、全く記憶になし。交響曲第3番「英雄」の第4楽章のテーマによる変奏曲であるが、実はこの曲が書かれたとき、まだ交響曲は書かれていない。プロメテウスの創造物でも、ベートーヴェンはこのテーマを使っていたのである。つまり、ベートーヴェンは都合3作品に同じテーマを用いたことになる。
エマールをべたほめする私でも、ベートーヴェンだけはしっくりこないと思っていた。これは、彼のあまりに精緻なアプローチが、ベートーヴェンの音楽の持つパッションとか激しさを消してしまうからではないかと思っていたのだが、今日のエロイカ変奏曲は驚くほど見事だった。こんな名曲だったとは!15の変奏はいずれもかなり技術的レベルも高い。若き日のベートーヴェンがこんな曲を書いていたなんて、全く認識不足だった。最後の変奏はフーガだが、既に後期ソナタと同じ曲想を聴くことができる。
この大変に音が多いベートーヴェンで結構お腹いっぱいであるが、アンコールはもうアンコールの域を超えている。リゲティとクルターク、結構私にも弾けそうな曲だ(甘いか?)。リゲティのムジカ・リチェルカータ第1番は和音が全くない。Aの音だけで曲が進み、最後Dの音で終わる。クルタークは極めて静かな音楽。シューベルトのレントラーでのエマールの音の美しいこと!まさに癒しの音楽。こういう音も出せるのがすごい。その後にシェーンベルクの静謐。音が妖しく輝く。続いてブーレーズ先生の傑作ノタシオンから4曲。最後はエキサイティング!ラストはまさかのショパン!それにしても、エマールのレパートリーの広さには驚嘆せざるを得ない。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、ブラームス、ドビュッシー、そして現代へ。