最近の私は、アメリカのゲイ向け(?)ケーブルテレビによる「RuPaul's Drag Race」という番組にハマっているの。
既にシーズン8。2009年から脈々とやっているらしいわ。
内容は、リアリティーショーの形をとって、全米から集められたトップ女装たちが、次世代の女装スーパースターの座を巡って様々な試練に挑戦するの。まさに地獄絵図。
ホスト(ホステス)のRuPaul様は、80年代から女装するゲイとして、ドラァグクイーンの形を洗練してきたのよ。
すごい人なの。
黒人で、ゲイで、しかもクソオネエで女装までやり、歌や踊り、演技などあらゆるパフォーマーでおられたの。90年代にはねぇ、ちゃんとダンス音楽のレコードで一躍本物のスターになったのよ!スーパーモデルとして(ある種の外連味もふりまきながら)ランウェイも歩かれたの。
そうね、美輪明宏様が、若いうちからチープ&ゴージャス方向に突き進んで20年位経って、まだ50代っていうすごい有様ね。あの仕上がりは早いし、アメリカのエンタメ文化の層の厚みを感じる(逆に言えばサブカルが分厚くて、欧州的な意味の「文化」は薄いのかもしれん。それでも最近の日本より厚みがある)。
ところで、どうしてゲイが女装するのか。これは、通じる人と通じない人がいるっていう問題でもあるのよ。
これについては長くなるからまた別の機会に書いてみるわ。
ドラァグって、見た目がすごいド派手で破壊力すごいのよ。真面目にしてお澄まししていることのバカらしさみたいなのが根底にあるからね、昼間のどこでも通用するものではないの。あくまでお祭りね。ハロウィーンかお化け屋敷みたいなもんよ。
アメリカの女装たちがすごいなと思うのは、「自分自身」としてやっているのではなく、「女装のキャラクター」というのを演じていることにとても自覚的だというところね。日本の女装達とその辺のスタンスが少し違うのかもしれない。テレビに出ている日本の女装は、意識的に話題は選んでいると思うけれど、キャラを作りこんでいるようには振舞っていない。それは恐らく、日米社会の何か大きな違いなのだと思うわ。
全米トップ女装ってすごいのよ~名前も強烈なんだけどね、20歳そこそこの勝気な若者ちゃんから、40過ぎの年季入った女装までいろいろ。
前科ありの巨漢黒人、ラトリス・ロイヤルさん(シーズン4)とか、フィリピン系のジグリ・カリエンテさん(同4)とか。
フィフィ・オハラさん(同4)とかも、普段普通にしていればかなり格好いい人達なのに、中身がすさまじいオネエなのよね。シャロン・ニードルさん(同4)も思い出深いわ。
シーズン5の騒々しさはすごかった。ロキシー・アンドリューさんのビッチぶりと最後の方での偽善ぶり、そしてジンクス・モンスーンさんのしなやかさ。
この番組のもう一つの魅力…まあそれは、主にゲイにとっての魅力なのかもしれないけれど、それは女装達の人生なの。
全米を代表する女装達の見た目はド派手である種の攻撃性も感じさせるが、実はその裏には、ほとんどの場合、子供の時に学校でいじめに遭っていたとか、家族と不和で何年も家に帰っていない、とか、健康や精神の問題を抱えていたりとか…孤独が必ず後ろにあるのね。
それを厳しい言葉と能面のような表情で包み込むルー様の愛情深さがね…一瞬ね、涙出そうになるんだけど、その瞬間「でも女装よ?!」っていうこと、すなわちこれはフィクションなのだということを強烈に思い出させてくれるのね。
そうやって、一つ一つ、苦しさやつらさを飲み込んで、女装のスーパースターという架空の何かを目指すのよ。
時々とても意地悪い子がいるのね。特にシーズンが終わりの方になってくると、人間関係も殺伐として来てね。皮肉にもさ、自分たちだっていじめの被害に遭っていたはずなのに、仲間外れみたいなことも起きてくるのよ。
でも、当たりのきつい子って、特に20代の子は、ああやってビッチーに振る舞わないと嘗められる、相手にしてもらえない、或いは、もうこれ以外、私の人生を輝かすものは何も無いって言う悲壮感があるんだね。
ロキシー・アンドリューさんの突っかかり方に、私は、この子…きっと気丈に振る舞って、自分より勝ちそうな人に対して強くいること以外に自己防衛を知らないんだなって思ったの。それを飄々とかわして優勝したジンクス・モンスーンさんのしなやかさと強さにも心打たれたの。
たとえ全てがフィクションで、筋書きがあったとしても、あれだけの顔を出せる女装達に、手放しで拍手を送りたいの。その時だけでも友情というか仲間意識を持って時間を共有できるってこと、またそれを番組という形で表現することは、特にアメリカみたいに同性愛の問題で直ぐ揉める国で育った子達にとっては、それなりに意味があるのだと思う。
家族との不和を訴え、涙を流す若い女装に、ルー様は無表情にこう言うの:
私たちのような存在は、家族を選べないし、家族の方から私たちが選んでもらうしかないのです。でも、ここに来たからには、たとえお互いに嫌いでも、ライバルでも、私たちは家族なのよ。
ちょっと間違って記憶してるかもしれないんだけど、あたし泣きそうになった。
っつっても一瞬で涙乾くのね。「いや、でも女装よ!??」みたいなツッコミが入るの。そこが救いかもしれないわ。ある意味で。
このような番組があることが、政治・経済的にどういう意味があるのか、また、どのような人生観や社会観をバックにしているのか、私が惹き付けられるものっていうのは、そういうところなんだけどね。
まあ、これ観た若い孤独なオカマが、寂しさ紛らわすためにドラッグに走るより、ドラァグとして突っ走っていただいた方が、世の中的にはいいわよね!