今回の失われた鉄路は北海道の最北に向かっていた天北線からです。歴史を紐解けば・・・樺太が日本領であった時代に南樺太への連絡線で建設され、音威子府村の音威子府駅から稚内市の南稚内駅を結んでいて、急行列車も走りました。

 

 極寒の地域ゆえ建設時も多大な苦労があった事でしょうね。因みに同線は宗谷本線の当初のルートでもあったような。1914年に開業し、JR化後の1989年に廃止に至るまで30駅の営業キロは150キロ弱の長大な路線でもあったようです。お馴染みのレイルサロンC60さんからです。

 

 天北線を送ります、カラーも1枚つけました。急行『天北』です。これで失われた路線は最後です。以後は貨物専用線と第3セクターになった線区になります。

 音威子府は今はただの通過駅になってしまいましたが、以前は駅弁当を販売し、構内には駅そば屋もありました。今はどうなっているのでしょうね?1・2・6・7枚目は音威子府、3枚目は浜頓別で、5枚目は鬼志別で急行の天北です。6枚目は最後の日です。撮影は1~5は昭和62年6月1日で、6・7は平成元年4月でした。

 

 ※撮影は全てレイルサロンC60さんです。