SLファンの方、お待たせいたしました。(笑)先日は天竜浜名湖鉄道をアップしましたが、現在3セクの同線は国鉄時代には二俣線と呼ばれ浜名湖を迂回する鉄路をSLが走っていました。で、天竜二俣駅【当時は遠江二俣駅(とおとうみふたまた駅)】のバックヤードで紹介した機関庫や給水塔、転車台も勿論、現役バリバリ。

 おっと、天浜線の今でも現役ですね。(笑)ただし機関庫はもっと扇形が広がっていたようです。そして転車台は同線の主力SLであるC58形式が辛うじて回転できる転車台でもあったような。全長もですが、車重は約70トンを支えるシロモノ。人力回転であったそうな。今の気動車の車重はその半分くらいかな?

 で、よく見れば機関庫にはキハも既に登場していますね。そして脇には懐かしのオート三輪。確か・・マツダ製でしたか?そんなこんなの画像を投稿して頂いたのはお馴染みのレイルサロンC60さんです。

 レイルサロンC60さんから
 先日は「ハイパーセントラル21号のブログにようこそ」に天竜二俣駅構内の写真掲載がありました。国鉄時代は二俣線と呼ばれ、駅は遠江二俣駅という名称でした。その構内には扇形庫の写真がありましたね。今は4線機関庫に縮小されていますが、蒸機全盛時代には6線まである堂々たるものでした。SLが淘汰され無煙化の時に転車台から見て右側にDE10の研修庫ができ、少し雰囲気が変化してしまいました・・・。

 蒸機機関車は昭和46年3月31日がラスト・ランでした。煙が消えて47年、当時の私は高校生で、浜松から自転車にて朝早くから通った思い出があります。お目当ては早朝の931レ客車列車を撮影するためです。当時、祝田の坂はクネクネしていてオマケに未舗装の時代でした。二俣線へは蒸機時代の数十回撮影に行ってますが、若気の至りですね。さて、今回は遠江二俣駅構内に限定して送ります。余談ながら、職員用のお風呂も現役だったのでしょうね。(笑)

 それでは当時の画像で蒸気機関車たちの日常からです。
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最後の2枚は今の様子。※そのほかは全てレイルサロンC60さん撮影です。

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