旅人オサさんの旅ネタ番外編からです。今から4,5年前の撮影は国鉄時代の最大級電気機関車ことEH10形式。2車体永久連結方式は今では金太郎やブルサンでもお馴染みですが、こちらの登場は1954年の60年以上前。まだ日本が高度経済成長期と言われる以前のどちらかといえば戦後復興の東海道・山陽本線電化促進の時代でしょうか?
それまでの電気機関車はいわゆるデッキといわれる運転席前の連結器上にスペースがある造りが主体であったのですが、こちらは2車体の全長が22メートル強の長さもあるので、デッキは廃止。車輪も先輪が無く8軸全てが動輪の強力機で車重も110トンオーバーでしたので、「マンモス」という愛称も伊達では無かったのかも。
車体色も茶色から黒に黄色いラインの”秘めたるパワーありまっせ!”仕様のような配色は「熊ん蜂」とも言われたそうです。切り妻の運転席は窓が凹んだ仕様で当時の電車系のような顔にも見えますね。スピード感を強調!?おでこ1灯ライトも埋め込み式で時代を感じますが、先にも言いましたデビューが1954年というのも驚き。
国鉄時代に高速・大量輸送の礎を築いたメモリアルなカマですが、今残っているのはこの61号機のみで、大阪は東淡路南公園に静態保存だそうです。京都の博物館に入ってもいいと思いますが・・。なお、厳重に保存されていて細かな網目の柵からの撮影は困難もあり全体像は無理。そんな様子から。






余談ですが・・何とか全体像をと・・ストック画像を探していましたら小学生時分(多分昭和45年前後)の東京駅?品川駅?で撮影した同僚は18号機がありました。モノクロ画像ですが、今にして思えば・・黒車体に黄色いラインは人造人間○○の悪役のようにも!?(笑)
そしてマンモスたる巨体を見たかったのですが間が悪いことに2車体連接部分に架線柱が被るのも・・今のように連写でないアナログ1発撮りの小学生の腕前が仇。されど内心は当時花形の寝台特急牽引のEF65とはまた違った静かな迫力があった記憶があります。お粗末様でした。
