久しぶりに保存車からです。今回は少数派の強力であるEF71型交流電気機関車。開発の背景を紐解けば、1968年奥羽本線の米沢ー山形間の交流電化と併せて既存の福島ー山形間の直流から交流への切り替えによる電化から誕生した・・・期待の交流電気機関車でした。
 
 言うのは簡単ですが、こちらは山陽本線のセノハチに勝るとも劣らずの板谷峠が存在し、直流時代にはEF15改造のEF16やEF64の助っ人登場の難所でもありますね。その勾配は33パーミル、部分的には38パーミルと急カーブは機関車泣かせです。さらにご当地は冬場の厳しい寒さ対策も必要な土地柄ですので、ツララ切り、窓にプロテクター装備のためのボルト植え等、耐寒ハード仕様の井出達です。機関車はF級のカマで重連運用も考慮された2器ジャンパ連結器と貫通扉に車体色は交流を表す赤色。見かけは前任のEF16の茶カマよりかなり洗練された雰囲気でしょうか!?
 
 その期待された大出力のカマは68年の運用開始で、旅客・貨物の区別なく牽引に従事、70年には寝台特急の「あけぼの」牽引の任も受け、キハ80系の特急「つばさ」の補機を務める正に晴れ舞台だったようです。しかしながら、晴れ舞台は長く続かずJR以降後には貨物列車の削減や、旅客列車の短編成化による大出力のカマの不経済さが顕著になり、さらに90年代に入ると山形新幹線が運用開始で他線区の転用もままならずでトドメをさされた格好のような!?
 
 大出力の設計はその時代の持てる技術の集大成でもあったワケでしょうが、それが後に“仇”になるのも何ともやり切れませんね。そんな悲運なカマでありトップナンバー機でもあるEF71 1号機は波乱万丈後、JR東日本の仙台車両センターにて静態保存されています。お馴染みKez047さん撮影分から。
 
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