「パパ、これ、なぁに?」
手荷物の確認をする良輔の目の前で、一人息子がヒラヒラと一枚の紙切れを振った。
吉澤良輔。今年30才になる。
高校のクラス会のハガキが届いたのは、今から1ヶ月前。
「お前……」
しまっておいた筈の物を持つ息子に、溜息をつく。
「ワザワザ出すなよ」
「これ、なぁに?」
少し色褪せたその紙を不思議そうに見つめる息子。
「“宝物”だよ」
「“たからもの”?」
キラキラした言葉とは裏腹の古びた紙に、息子が首を傾げる。
「お前がもう少し大きくなったら、教えてやる」
そう言って息子の頭を撫でて、手を差し出す。
「パパ……」
返してくれるのかと思いきや、息子がしがみついてきた。
「なんだ、お前?」
折角の休日に父親である良輔が一人で出掛けてしまうのが寂しいのだ。
それに気付くが、直にそう問いかける事はその寂しさに拍車をかけてしまう。
良輔はそっと息子の頭を撫でた。
「ちゃんとママとお留守番できたら、“宝物”のお話してやるから」
「ホント!?」
子供心とは単純なもので、しょげて抱きついてきたクセに、たった一言で瞳がキラキラと輝き出す。
「ほんと」
「ボクね、ボク、お留守番できるよ! お手伝いもできるよ!」
「スゴイな!」
「パパ、約束ね!」
「約束!」
指きりげんまん。
妻と息子に見送られて、良輔はクラス会へと向かうのだった。
車で行けば早いのだが、いかんせん、今日はアルコールが入る事必至である。それ故、良輔は電車で会場であるホテルへと向かった。
クラス会は立食パーティー式で、そのホテルの一番小さなホールを貸し切って行われるようだった。
「あいつら……来るかな?」
ホテルへ向かう電車の中、良輔は、パスケースの中から小さな紙切れを取り出した。
――――――――――――――――
14年前の高2の夏。
「おぉ!! スゲェ!!」
良輔の家に遊びに来た仲間が一斉に声を上げた。
部屋の中には新品のエレキギター。
「買ったの? いつ?」
仲間内で一番無邪気な益子貴弘がはしゃぎだす。
「バイト代が入ったから、全部つぎ込んだ。買ったのは昨日」
「触ってもいい?」
待ちきれずに手を伸ばし始めたのは越谷祐人。
「いいけど、音は出すなよ」
「えーっ!」
文句を言いながらも、ギターを肩にかけて、その重みを実感する。
「俺、明後日なんだよね、バイト代入るの」
祐人が構えているギターを見ながら呟いたのは、良輔と一番仲の良い山上将士。
「なに? マーも買うの?」
将士の言葉に長谷川健一郎が割って入る。
「良輔と“欲しいな”って、ずっと言ってたんだよ。な!」
将士の言葉に良輔が頷いた。
「6本?」
健一郎の問いに、
「6本」
将士が答える。
「じゃ、俺、4本買おうかな……」
「「「えーっ!!!」」」
健一郎の言葉に斉藤暁幸と貴弘と祐人が声を揃えて驚いた。
「6本、4本って……。多過ぎない?」
貴弘が指を折りながら、将士と健一郎を見る。
脱力で崩れ落ちる、暁幸と祐人。
「え? 俺、なんか間違ってる?」
「タカ! タカ!」
「なに、祐人?」
「それ、弦の本数だから」
「え?」
「ギター本体じゃなくて、ギターの弦の本数」
「あ? あぁ! あぁ……」
自分の間違いに気付いた貴弘に、
「話の流れで気付けよ」
と笑い転げる暁幸。
「俺の“流れ”は、こっちだったの!」
笑う暁幸と祐人の間で、貴弘が膨れる。
「やるんだ?」
ギターを外し、祐人が良輔と将士に問いかけた。
以前からそれとはなく出ていた“バンド”の話。
特別に部活動に精を出している訳ではない彼らにとって、何か熱くなれるものが欲しかったのだ。
「そのつもり」
頷く良輔。
口で言っているだけでは、なかなか前には進めない。誰かが行動を起こさなれけば何も変わらないのである。
「どうすんのかなって思ってたんだよ」
祐人からギターを受け取って、今度は健一郎がストラップに身体をくぐらせた。
それとなく弾き始める健一郎。
「カッコい~い!」
無邪気に手を叩く貴弘に、“デタラメだよ”と肩を竦めてギターを良輔に返しながら、
「やっぱ、俺、ベースがいいな」
前に出てメロディを奏でるより、そっちの方が向いていると頷く。
「実はさ、俺も密かに……」
暁幸がニッと笑った。
もしかしたら、“バンドやろうぜ”と誰かが言い出すかもしれない。その時にはすぐに対応出来るようにと準備だけはしていたと言うのだ。
「自分で言い出さないってとこが、アッキーらしいよな」
あくまでも、便乗する。
将士の言葉にみんなが笑った。
「で、何やるの?」
リードが2本、ベースが1本。
ギターは十分な気がして、貴弘が首を傾げる。
「こう見えて、昔、ピアノ習ってたんだよ。だから、キーボード!」
言いながら、弾く真似をしてみせる。
「似合う! 似合う!」
はしゃぐ貴弘の横で、少しずつ、祐人の視線が落ちていく。
「俺も何かやりたいっ!!」
“なっ!”と貴弘が視線の落ちつつある祐人の肩を叩いた。
微笑みながら頷く祐人。
「あと、欲しいのは……」
「……ドラム?……」
ギターやキーボードと違い、ドラムは流石に場所をとる。家に用意……と言うのは、なかなかに難しい。
部屋に沈黙が漂った。
「……さ……」
“流石にムリか……”
そう良輔が言おうとした瞬間。
「ねー。こーゆーのってさ、ドラム?」
貴弘が、手で少し小さめの平たい円柱が並んでいる形をサカサカとゼスチャーしてみせた。
「それ、こんな感じ?」
良輔が机の上に置いてあった楽器のパンフレットを取り出して、通常のドラムセットを指さす。
「うん。それの小さい感じで……」
貴弘の言葉を受けて、良輔がページをめくる。
「もしかして……。……これ?」
「そう! そんなやつ!!」
良輔の指の先には、練習用の小さなドラムセット。
「何、タカ! 持ってんの!?」
将士も身を乗り出して貴弘を見る。
「ウチ、祖父ちゃんが太鼓叩いててさ……」
貴弘の父方の祖父は、地元で和太鼓の演じ手なのだと言う。その血を継いでいるのか、偶然か、幼い頃、祖父にねだって買ってもらった記憶があると言うのだ。
「小さい時、楽器屋の店頭にあった太鼓のセットから動かなくなって、祖父ちゃんが買ってくれたんだ。祖父ちゃん的には、“わしの血じゃ!”って大喜びだったらしい」
「家にあんの?」
話の割には、遊びに行った時に見た事がない。
「んにゃ! 祖父ちゃんとこ。ずっと忘れてたから、きっと、蔵の中に……」
「く、蔵!?」
「お前んち、なに様!?」
「ど田舎の普通の家……。だと思うけど?」
貴弘の家柄で盛り上がる5人の中、ただ一人、祐人だけが何も言わずに微笑んでいた。
ギター・キーボード・ドラム。どれも言うほど安価ではない。
確かにバイトはしている。だが……。
「祐人?」
祐人とは幼稚園の頃からずっと一緒だった貴弘が、黙ったままの祐人に声をかけた。
「どした?」
“ノリ悪いぞ”とばかりにその肩を引き寄せる。
「……みんな、スゴイな、って……」
そう呟いて、エヘヘと笑う祐人。
その笑みの意味に気付いた貴弘が良輔を見る。
祐人の父は、祐人が生まれたばかりの頃に事故で他界している。
大恋愛だった祐人の両親。母は再婚せずに、女手一つで祐人を育ててきたのだ。高校に入って、やっとアルバイトが出来る年齢になった時、祐人はその賃金の全てを家計にと母に渡していた。
「やるなら、6人だからな」
良輔が祐人の肩を叩く。
「でも……俺は……」
みんなのように、楽器など買う余裕はないのだ。
「あのさ……」
貴弘とは反対側から祐人の肩を抱えて、良輔が言う。
「ギターが3人、キーボードがいて、ドラムがいて……。十分だと思わね?」
これ以上の楽器はいらない。でも、それだと……。
「な、祐人。楽器だけ揃ったって、バンドにはならねーんだぜ」
良輔がニッと笑い、貴弘が足りない物に気付く。
「ボーカル!!」
頷く良輔。
「ボーカル? 俺が?」
「いいよ! いい! 祐人、歌上手いじゃん!!」
まるで自分の事のように貴弘がはしゃぐ。
「でも、歌なら、良輔だって……」
「俺も歌うよ。祐人がメインで、俺とマーはバック」
「……でも……」
「“やるなら、6人”!!」
貴弘が煮え切らない祐人の頭を抱え込む。
「だよな」
「6人揃ってないなら、やる意味がない」
口々に言われ、
「……うん……」
祐人が頷いた。
そして、数日後。
貴弘の呼びかけで6人は貴弘宅へと集合した。
「結構、ちゃんとしてるじゃん」
健一郎が目を丸くするその先には、練習用のドラムセット。先日、“田舎の蔵にある”と貴弘が言っていたものだ。
「あの日、帰ってからすぐに祖父ちゃんに電話して送ってもらった」
ヘヘン! と誇らしげに胸を張る。
「叩けんの?」
小馬鹿にしたように暁幸がドラムスティックを手に取り、貴弘の頭を小突いた。それにムッとした貴弘が無言でスティックを奪い取ると、そのままセットに腰掛け、吸い込んだ息を合図にするかのように、腕を振り下ろした。
「……凄ぇ……」
5人が息を飲むその前で、貴弘の腕が小気味良くリズムを刻む。元々、6人の中で一番リズム感が良いのだ。それに加えて、和太鼓演奏者の祖父からの血だろうか、とても始めたばかりだとは思えない程の演奏だった。
「お前、天才じゃねーの?」
笑いながら言う暁幸に、
「まーな!」
とふんぞり返る貴弘。
「……と言いつつ、実は、昨日一日練習してたりして」
肩を竦めて、ペロリと舌を出す。
荷物が到着したのは一昨日。開けた荷物の中に、初心者用のレクチャー本とビデオテープが入っていたと言うのだ。
「祖父ちゃんってば、自分でも始めてたらしくてさ。俺がやるって言ったら、全部送ってくれたんだ」
一昨日それにザッと目を通して、昨日は一日中叩きっぱなしだったらしい。
「形になってた?」
不安そうに聞く貴弘に、
「十分過ぎ!」
「マジで“天才”かと思ったわ」
5人が口々に褒め称える。
その言語に、
「良かったぁ」
貴弘がホッと胸を撫でおろした。
「でさ。俺とマーとで色々動いてたんたけど……」
良輔が、持っていたカバンから紙の束を取り出した。
「何、それ?」
祐人が覗き込む。
「バンドスコア。とりあえず、みんなが知っている曲で、演りやすそうで、出来るだけ簡単そうなのを探したんだけど」
「練習もさ、市の青少年会館にスタジオがあるから、そこならいいかなって」
「準備万端。整ってるじゃん!」
健一郎が呆れながら笑った。
「目標とかもあったりするの?」
恐る恐る尋ねる祐人に、
「文化祭へのバンド参加!!」
良輔が親指を立てた。
青少年会館のスタジオ設備は2部屋。
それに比べて素人バンドの多いことといったら……。お陰で、週に一度のキープがやっとだった。それでも、バイトの合間を縫っての練習は楽しかった。でもって、楽しいことの上達は早く、それがまた楽しくて、夏休みはあっという間に過ぎていった。
そんな、夏休みの最終日。
バンドは突如、解散してしまった。
ホテルに向かう電車の中、良輔はクラス会への案内状を握りしめた。
あの日。正確には、その前の日、良輔に事件が起きた。
「ただいまぁ……」
夕方、アルバイトから戻った良輔。いる筈の母の声が聞こえず、首を傾げながらリビングへと向かった。そして、食事の気配のないリビングにまたもや首を傾げる。
「母さん? いないの?」
人の気配はある。良輔はリビングを抜け、2階への階段へと進んだ。
トントントンと軽快に階段を上がる。上がってすぐ右が良輔の部屋。奥が兄の部屋。短い廊下を挟んで、向かい側の少し広い部屋が父の部屋である。
階段を上りきり、良輔は父の部屋のドアが開いている事に気がついた。
覗くとそこには座り込んでいる母の姿。
「母さん、どうしたの?」
顔面蒼白の母。指さす先には……。
「と、父さん!?」
変わり果てた父の姿があった。
――――――――――――――――
原因は会社の倒産。
あまりの急な出来事に、家族の誰もが対応出来なかった。
警察が来て辺りが騒然となる。この騒動に応じたのは、8つ離れた兄だった。心神喪失の母を良輔と共に実家に送り、一人で父の会社と警察やマスコミ相手に奮闘した。状況が状況だけに葬儀をだす事もなく、良輔はそのまま母の実家から戻る事はなかった。
クラス会の通知が届いた時、正直、驚いた。
急な転居で、行き先を誰にも告げずに家を出たのだ。しかも、その後、結婚して、更に違うところに住んでいる。一体誰がつきとめたのやら……。
「あいつら……来るかな……」
パスケースから、今朝、息子が見付け出した紙切れを取り出す。
小さな紙片に下手くそな字で書かれた『ファーストライブ』の文字。
「これ、良輔の分!」
貴弘が小さな紙片を取り出し、ニコニコと屈託のない笑顔でみんなに配る。
「何?」
「作ってみた。文化祭でライブやる時の試作品」
「きったねー字」
暁幸がクスクスと笑い、
「味があると言え!!」
貴弘が拗ねる。
「ここの空白は何?」
祐人が文字の前にある妙な空間を指さした。
「そこ、バンド名」
覗き込みながら言う貴弘に、改めて、バンド名がない事に気付く。
「良輔とマーで考えてよ」
「「俺?」」
良輔と将士が顔を見合わせる。
「だって、創立者じゃん」
頷く一同。
「カッコいいんだけど、硬過ぎず軟派過ぎず?」
将士が良輔を見る。
「……だろーな……」
夏休みの宿題がひとつ増えた。
とんでもない宿題は、そのまま持ち越されている。夏休みが終わる前に、自分自身がいなくなってしまったから……。
やりきれない想いが溢れて、溜息が漏れた。
【クラス会】の文字に心踊らせて来てしまった。が、それで良かったのだろうか?
車内に駅への到着告知が流れ、ピクンと顔を上げる。降りるべき駅だ。ひとまず降りて、そのまま目の前のベンチに座った。
ここまで来て、急に不安にかられている自分に気付く。
そもそも、クラス会の連絡が急に来たのはどうしてなんだろう?
『初めて……よね?』
クラス会の通知を見た、妻の第一声。あんな事があって、逃げるように転校した。勿論、引越し先は誰も知らない筈なのだ。
幹事が調べたのだろうかと、ハガキを見てみる。
「幹事……」
幹事の明記はなく、ただ、“一同”とだけ記してあった。
まさかとは思うが……。
「悪戯?」
ハガキをジッと見る。
妙に豪華過ぎるホテル。しかも、ワンホール貸切だ。それに、高校のあった場所よりも若干遠い気がする。通学範囲を考えると、ここでは少し不便なのではないか?
良輔は携帯を取り出した。
妻に『帰る』と連絡しようと思ったのだ。
どう考えても、おかしい。これは、きっと、ただの悪戯なのだ。
『“謝ってくる”んじゃなかったの?』
妻はきっとそう言うだろう。でも、悪戯のクラス会へ行ったところで、誰もいはしない。
良輔は、アドレスから自宅を選択した。
「もしもし」
『パパ!?』
妻の声が驚いたように響く。
それにかぶって、
《りょーすけ!》
電話を当てていない方の耳に誰かの声が飛び込んで、良輔は慌てて顔を上げた。
「いや……。駅に着いたから……」
携帯の向こうで妻が笑っている。
『頑張ってね』
色々な事があった。それを全て謝っていらっしゃい、と妻の言葉が背中を押している。
「あ、あのさ、もし……」
『お友達がいてもいなくても、楽しんで来て』
妻の声に、
《りょーすけ!!》
再び声がかぶる。
「……うん。ありがとう」
悪戯ならそれでもいい。少し、あの頃を思い出せた。それだけでも感謝しよう。
良輔は、駅を出た。
会場のホテルは駅前。
最近出来たばかりらしく、周りの建物とは色が違っている。正面フロントの大きなドアの前に並んでいる催事ボードに目をやると、【○○高校クラス会】の文字が飛び込んできた。
「……あんの? マジで?……」
驚きつつも、開いたドアの中へと足を踏み入れる。
落ち着いたブラウンゴールドの絨毯が敷かれたフロアを抜け、ハガキにある会場へと向かった。
エレベーターに乗り、壁にあるプレートを確かめ、会場である小ホールを探す。
手前にあるのは中ホール。どうやら奥の方らしい。落ち着いた色のカーペットを奥へと進んでいく。
「……ここ……か?……」
ハガキに記載されているホール名とホール入り口のプレートを見比べる。
「ここ……だよ、な……」
ヤケに静かだ。
駅で戸惑っていた分、予定の時間より少し遅れての到着なのだが、とても人がいるような感じではない。
恐る恐る、そっと扉を開けて中を見ると、ほの暗い照明の中にテーブルが見えた。外の照明が明るかっただけに目をパチパチさせながら、一歩入り、首を傾げる。
「誰もいない……?」
とりあえず、確かめようと更に一歩踏み込んだその瞬間、
“バタン!”
扉が閉まり、ホールの照明が煌々と光を解き放った。
「うわっ!」
驚きと眩しさに、良輔が腕で顔を覆う。
「良輔っ?」
不意に問われ、
「ぉ、おう!」
声を返した。その途端、
「良輔だっ!」
「ほんとに来た!」
「だから、言ったじゃん!」
「元気だったか?」
懐かしい声が良輔を囲んだ。
「……え?……」
目が慣れ、顔を上げる良輔の前には、
「良輔」
見覚えのある穏やかな笑み。
「……マー……?」
年齢を積みはしたものの、どこかにあの頃の面影が残っている。
「……健一郎? アッキー? 祐人? タカ?」
良輔の声に、呼ばれた者が無言で頷いていく。
「驚いた?」
将士が微笑む。
「“良輔が来たら、驚かせようぜ”って計画したのに、駅で見かけた途端、タカってば大声で呼ぶんだもん」
祐人に言われて、
「だって、一目で“良輔だ!”って分かったんだもんよ!」
貴弘が拗ねる。
「しかも、アッキーってば信じてくんないし!」
拗ね方はあの頃とちっとも変わっていない。
可笑しくて、良輔がクスリと笑った。
「あ! 良輔、俺の事、笑った!!」
「お前、変わんねーな」
クスクス笑う良輔に、
「お前も、変わんねーよ」
健一郎がその肩を叩いて微笑んだ。
「大変だったんだぜ、あの後」
暁幸が将士を見て頷いた。
まだ携帯のなかった頃だ。突然いなくなった良輔を探す術など、当時高校生だった5人にある筈がなく、瞬く間に始まった二学期を戸惑いの中で迎えた。
そして、そんな所へ追い打ちをかけるかの如く、
「転勤!? 海外!?!?」
外資系の企業に所属していた将士の父が、海外への転勤を命じられた。期間は未定。当然、将士も同行する事となった。
リーダー格が二人とも不在になってしまい、バンドの話はそのまま立ち消えてしまった。
が、数年後、将士が帰国。即座に4人に連絡が入った。
「みんな、どこかで諦め切れない何かがあったんだよ」
将士が微笑む。
バラバラになっても、楽器だけは続けていたのだ。
「俺なんか、祖父ちゃんの跡継いじゃったし……」
そう言って、貴弘が肩を竦めた。
住居はこちらだが、イベントがある毎に田舎に戻って和太鼓を叩いていると言う。
「マーが、絶対に探し出してみせる! って言ったから」
それを信じて、いつか6人揃った時に恥をかかなくて済むようにと練習していたのだと、健一郎。
「……クラス会、は?」
6人にしては広いホールに良輔が首を傾げた。
「ないよ」
しれっと言い放つ将士。
「え!?」
驚く良輔に将士が続ける。
「このメンバーでって言ったら、来ないかもしれないって思ったんだ」
何も告げずに……告げず事すら出来ずに音信不通になってしまった良輔。
それ故、このメンバーだけだと気後れしてしまうかもしれないと思ったから、出向きやすいようにと“クラス会”を装う事にしたのだと言う。
「……俺……」
「誰も怒ってないし、恨んでもいないよ」
将士の横で、
「てか、会えて嬉しい」
貴弘と祐人が笑った。
「変な話、俺らはあの時から止まったままなんだよ」
健一郎が良輔の肩を叩き、それを待っていたかのように、ホール奥の雛壇にライトが当たった。
「とりあえず……やる?」
雛壇がまるでステージのように、楽器を従えて輝いている。
歳月を重ね、各々が自分で楽器を所持出来るようになった。
将士のギター。健一郎のベース。暁幸のキーボード。貴弘のドラム。
「良輔のは、今日はこれで」
将士が、用意しておいたギターを差し出す。
「え?」
「お前だって、諦めてたわけじゃないっしょ?」
結婚して、子供がいて、仕事も順調で……。
ギターを将士の手から受け取る良輔。
「趣味はギターだ」
ニヤリと笑うその顔に、将士がニッと笑い返す。
「ワン・ツー……」
貴弘がスティックでカウントし、6人の時間が、動き始めた。
帰りの電車の中、パスケースの中のチケットを広げる良輔の脳裏に仲間の声が蘇る。
諦められなかった夢。
捨てられなかったチケット。
「帰ったら、話してやらなきゃ」
どこから話そうか……。
窓の向こうは、飛ぶように流れる街あかり。
少し色褪せたチケットを良輔はそっとパスケースへと戻した。
『良輔、そのチケット……』
『俺も持ってる!!』
『俺も!』
『なんか捨てられなくて』
『空白埋めなきゃ、じゃん』
『じゃ、次までの宿題な』
『マジかよ……』
『次、いつにする?』
『そうだな……』